
10年以上も前のことです。栃木県宇都宮市の公園にヤマヒバリが一冬のあいだ越冬していたという情報を聞いていた。当時はまだ現役で仕事もそれなりに忙しく心身とも勤続疲労のピークに達していた頃だ。鳥撮りの仲間と月に二三回、東武線草加駅前の喫茶店で鳥の話しをして時間を過ごしていた。そして、ヤマヒバリに会いに出かけることも無く時間が経過していた。それ以来関東での越冬記録は聞いていない。いつか必ず島で会いたいと思うようになった。現役のときに一度だけ島・舳倉島への鳥見を恩師熊谷さんと出かける計画が決まった。勿論、10月10日の体育の日を中心にして夜行二泊三日の予定だった。しかし、週末になり低気圧が日本海に進んできた。出発の直前に欠航になり中止になってしまった。秋の島旅は特に予定は未定で決定できないのである。
今年の10月末の週末も二週続けて欠航になった。それでも関東から来ているバーダーは日曜日に日帰りで島に渡り鳥見をする。地元石川県・金沢市近郊からは日帰りはごく普通に行われている。特に高速バスの利用で金沢から能登・輪島まで三時間で到着するので泊まらず日帰り可能なのだ。関東からは少なくとも500km、俺のところからは最短でも550kmもある。全行程高速道路だと600kmで正味運転時間は7-8時間もかかる。だから輪島に出かけてそうそう簡単に引き返すことはできないのだ。高速道路を運転するのは時間と距離を稼ぐにはいいけどその土地の美味しいものを見たり食べたり買ったりしながら楽しみながらの旅もいいものである。行きのパターンは早朝5時に自宅を出る。外環の通行料金も半額(6時前)になり、三文(300円)の得になるのもいい。二時間ほど走って東武湯の丸SAで休憩と朝食になる。そこから一時間ほどで北陸道の名立谷浜SA&ICで一般道に入る。親知らず子知らずなどの景勝地を通過しながら日本海の荒れる海、時にはベタナギの海を見ながら二人でなんてこともない話をしながら。話をしていないとどちらかが睡眠モードになりそうになるから。黒部、高岡を通過して氷見はもう直ぐだ。ちようど昼時間だ。氷見市フィッシャマンワーフ・道の駅は土日・祝日は客が多く磯焼(サザエ・エビ・ホタテ)などを炭火で焼いている。市場は季節の魚貝類が生鮮のまま或いは加工して干物で売られている。春にはなんといっても生ホタルイカのわさび醤油が最高だ。勿論、ブリ寿司、鱒寿司はいつでも売られている。お薦めは焼サバ寿司だ。これは季節や水揚げによって有ったり無かったりする。いつも島の昼食用に買って行く。ここでは一時間以上もゆっくりと休んで楽しんでいく。お腹が満腹になると目がくっついてしまう。だから今回は食事をしてから眠くなるまで休んで眼が覚めてから出発した。そしたら輪島まで眠くなることなく頭がスッキリしたままドライブすることができた。帰りの宿は国民宿舎小牧台(おまきだい)なのだが予約が遅くて満室だった。止む無く能登町の国民宿舎に予約電話をしたら姉妹館の真脇ポーレポーレという第三セクターが運営する湯・宿を紹介された。そこに立ち寄ってから輪島の千枚田を通過して民宿漁火に向かうことにした。能登町は輪島から東の方向に一時間ほどの面積大きな町である。ポーレポーレをナビに入力して行くと案の定途中でGになってしまった。やはり初めでの場所は明るいうちに確認しておくのがベストなのである。四時を過ぎると山間部は寂しくなる。それでも日没前の千枚田のサンセットは心に残る一場面になった。暗くなってから馴染みの民宿・漁火に到着した。昨年の秋は家族の旅行とかで宿泊できなかった。輪島に五回宿泊して四回もお世話になったと主人に話したら晩酌のビールをサービスしてくれた。思いがけないサービスは本当に嬉しいものなのだ。ここの民宿は半農半漁で米と野菜を作り直ぐ側の小さな港から船を出している。獲れたものは客のご馳走になる魚と米と野菜があればあとは少しの調味料だけが外部調達品である。何時行っても同じものは出てこない。同じ魚は獲れないということだ。客の食べ残しを貰っている猫も自然に生きている。主人が呼ぶと全部集まってきた。可愛くて連れて帰りたいほどだ。
翌朝は一番に食事を済ませて港へ急ぐ。九時半発のニューへぐらは定刻に出航だ。荷物を積み込んでから朝市に行く、出航の15分前に戻ればいい。朝市をぶらぶらする。これも大好きなのだ。もう目新しいものは無いけど地物のものに興味がある。いしるは有名だが、島でサシミ醤油の桜醤油という甘い醤油に出会った。今まで何度も島で食べていたのに気がつかないでいたらしい。キッコウマンは塩辛いという。薩摩のダイコン漬けも甘くて大好きだ。今度の帰りには輪島の老舗で買って帰ろうと思っている。そう言ったら、醤油にみりんを入れたらと言われた。一度やってみるかな。島に到着すると客は10人ほどだ。仕事をしている人も一人二人いたようだ。関西方面から一週間ほど島に来ていると言っていた。あとは皆、俺みたいな欠航しても気にならない方ばかりだが皆がいい人とは限らないからね。特にグループで来る男組は夜中まで我がもの顔で夜中(ここでは午後九時だろう)まで部屋で大声で飲み食いしながら起きている。そんな連中の前の部屋になってしまった。帰るまで二晩寝付くまでのほんのひと時だけうるせーなーと思った。島では風呂や就寝はマナーが大切です。心して訪島することですね。
そんな方でもヤマヒバリはと聞くとどこどこにいるよとか、昨日は隣の神社の石に止まってたよ、とか。今朝は東の神社の前にいたよ。と教えてくれた。荷物もそこそこに急いで行って見る。でも、会えなかった。次の朝には札幌からのご夫婦にたった今神社前で見たよと教えてもらった。どうやら三個体もいるらしい。よし、今日はここで粘るか。携帯イスに座りあたりをきょろきょろ見回すが見つからない。昼にしよう。休んでいると一時少し前だった。そろそろ移動しようかと海側を見た時オオハナウドの枯れた枝にそれと解るものが止まっていた。慌ててカメラに近づいてレンズを向けたら、すーっと飛んで下の草地に入った。あーーーー、と思いながら興奮冷めやらないままに必死で草地に眼を凝らしていた。すると少し離れたところで手招きしているではないか。今度はそーっと近づいてみた。するとガレ場の石の上に止まるヤマヒバリがいるではないか。近くにはバーダーもなにやらの気配に集まってきた。皆さんすでに見ているのだが我々夫婦の初見の興奮にびっくりするやら驚くやら呆れるやらで一緒になって見たり、撮ったりしていたのである。よくよく観察してみるとヤマヒバリの行動が少しばかり理解する事が出来た。タデ科の植物の種子を求めて食事の時間に姿を現すのである。それも、地面の草地の中を歩いて移動しながら。警戒して最後の手段で木に止まったり小高い石に止まるのである。だからただ見ているだけでは見つけるのは本当の偶然しかないのだ。今度は地面のタデ科植物を中心に眼を凝らせば直ぐに見つかるのである。この場所で何度も見てから島に居る間は何度も会うことができた。別の場所でも何度も会えたのである。一度会えと何度でも出会える不思議な体験である。見てしまえば欲が消えて邪心が無くなり会えるのだと羅臼の船長さんが鯨を見ていたら言われた事がある。でも、そんなこといわれたって、見たいものは早く見ないと見れないような気がしてしまうのは俺だけかいな。見ることが済んだら今度は撮らせて貰いたいと思うのがカメラマンだ。証拠写真、もっといい写真、アップで、きれいなバックでと段々強欲が前面に出てくる。バーターとカメラマンの駆け引きになる。周りには誰も居なくなる。そしたら一人舞台になった。あそこに来るからここで待つ。あちらに出る。移動する。こちらに出る。又移動する。こんなんじゃ良い写真は撮れねーよ。と思いつつ。それでもいいところに止まると内心よーし。とか独り言を言っている。なんか言った、いいや。漫才みたいな鳥撮見鳥旅である。
坂本冬美のルネッサンスのCDを聴きながら島旅を思い出して書いている。黒部の先の市は何だっけ、朝飯のSAの名前は、帰りの宿はポーレポーレはなんだっけ、一月も経たないのに思い出せないこともある。それって認知症かい。やれやれこれで終わるか。
2005,11,14

ヤマヒバリ NIKON D2H & AFS 600mmF4 AF,Lfine 2005,10,26 PhotoshopElement4