ブライアン・メイは、『マッド・マックス』シリーズを書いたオーストラリア随一の映画音楽作曲家でした。 「でした」というのは、1997年に亡くなってしまったからです。 享年63歳。 作曲家としてはまだまだの年齢だっただけに、残念です。
ここでは『フィルム・スコア・マンスリー』6月号に載ったPaul Andrew MacLean
の記事を参考に、彼を簡単に紹介します。
<ブライアン・メイ:歩みと作品>
ブライアン・メイ(Brian May)は1934年7月28日、南オーストラリアのアデレードで生まれました。 todayを「トゥダイ」と発音するオーストラリアのこと、メイも本当は「マイ」と読まなければならないのかも知れません。
1957年からオーストラリア放送委員会(ABC)で番組の音楽ディレクターを務め、映画音楽を書き始めました。
1970年代に入り、友人の監督リチャード・フランクリンを通じて次第に映画の仕事が増えてきます。
中でも、フランクリンの超心理スリラー『パトリック(Patrick)』(1977)のためのスコアは、弦とハープによるバーナード・ハーマン風のスリリングな音楽ですが、抒情味にも事欠かない優れたものと言われます。 但しイタリア公開時、音楽はゴブリンのものに入れ替えられてしまいました。
2年後のある夜、R.フランクリンは、プロデューサーのバイロン・ケネディと監督ジョージ・ミラーと一緒に夕食を摂っていました。 二人は撮り上げたばかりのアクション『マッドマックス(Mad Max)』(1979)にふさわしい音楽担当者がオーストラリアにいないのを嘆くことしきりでした。 その時、彼らはステレオから流れてきた音楽に注意を引きつけられました。 これこそ彼らが求めていた音楽だ! 調べてみると、それは『パトリック』のサントラでした。 彼らはさっそくメイと契約を結びました。
メイは『マッドマックス』のために大変に野性的で血湧き肉踊る音楽を書きました。 金管と打楽器を著しく増強し、サックスとピッコロ1本以外は木管を省いたバーバラスなスコアは、ハーマンと同じく映画の内容に合わせた特殊編成を用いており、メイのハーマンへの傾倒ぶりを再び示したのでした。
1981年の『マッドマックス2(Mad Max 2)』ではパワフルさだけでなく、マックスの孤独な魂を示すような深みも加わり、前作を凌駕する名スコアとなりました。 但し、市販のサントラはその一部を収録したに過ぎず、効果音集という余計なものが入っています。 完全盤サントラのリリースが望まれますが、オーストラリアの録音スタジオがマスター・テープを失くしたために完全盤を製作することはもはや不可能ということです(馬鹿者!)。
しかし、その後はメイにとって不遇な時代が続きます。
『誓い(Gallipoli)』(1981)ではメイの名はクレジットされているものの、監督ピーター・ウィアーはクラシック音楽の使用を好み、実際には彼のアンダースコアは一つも使われていません。
R.フランクリンがハリウッドで『サイコ2』(1983)の監督を任された時、彼は当然音楽担当者にはメイを考えていたのですが、ユニヴァーサル映画社はもっと有名な作曲家をと考え、ジェリー・ゴールドスミスを起用しました。 穏やかな性格のメイは不満一つ言わず、尊敬するゴールドスミスに仕事を譲りました。なお、ゴールドスミスの方も『マッドマックス』の音楽を高く評価していました。
フランクリンの次回作『ビデオゲームを探せ!(Cloak and Dagger)』(1984)でメイは初めてハリウッドで仕事をし、ゴールドスミスの紹介でフレッド・スタイナーをオーケストレーターに付けてもらいましたが、残念ながら映画がこけました。 『マッドマックス サンダードーム』(1985)のスコアも、ワーナー・ブラザーズの決定でモーリス・ジャールに回されました。
その後、海兵隊アクション『デス・ミッション〜怒りの戦場〜(Death Before
Dishonor)』(1986)、ホラー2作『エルム街の悪夢 ザ・ファイナルナイトメア(Freddy's
Dead: The Final Nightmare)』(1991)、『Dr.ギグルス(Dr. Giggles)』(1992)などを受け持ちましたが、メイの独創的な優れた音楽性を充分開花させられる映画だったとは言えません。
1997年4月25日、メイは、メルボルンの友人の作曲家アラン・ザヴォドの家を訪問中に、心臓麻痺で急死しました。 才能の割に作品に恵まれず、これからの活躍に期待がかかっていただけに、残念でなりませんが、過小評価に悩まされながらも妻と4人の子、仕事仲間らに愛情を注ぎ続けた彼の優しさは、全ての彼のスコアに表れています。
<ブライアン・メイ映画音楽リスト>
<1977>
<1978>
<1979>
<1980>
<1981>
<1982>
<1983>
<1984>
<1985>
<1986>
<1987>
<1988>
<1989>
<1990>
<1991>
<1992>
<1993>