古代バクトリア地方に成立したギリシア政権。アレクサンドロス大王の進軍後在留したギリシア人が建てたヘレニズム国家の代表。
ギリシア人が築いたので、「グレコ=バクトリア王国」とも呼ばれる。
前3世紀後半から前1世紀中頃に滅ぶまでの約200年間、38人の王が位にあったが、王統交替、勢力盛衰が頻繁で、同時代に違った地域を何人もが支配していたらしい。
- 329 BC
- アレクサンドロス大王の侵入。彼の帝国の一州に編入される。
- 大王の死後、セレウコス朝の支配下に。
- 256 BC頃 (誠文堂新光社『世界史大系』第6巻 1959 によると 248/247 BC)
- セレウコス朝のバクトリア知事ディオドトス (Diodotos) 、独立。
スグダ(ソグディアナ)、アリア、マルギアナ等諸州を併合。
- その後約1世紀にわたって繁栄。
この頃と思われるアイ・ハヌム遺跡などからは「グレコ・イラン様式」の遺物が出土している。
- 間もなく(前2世紀前半?)ヒンドゥークシュ山脈を越えて南下、ガンダーラ、パンジャーブ、それ以南にも進出(1)。
- c.190〜c.162 BC デメトリオス
- 最盛期。スラーシュトラ(カティアワル半島)を支配し、盛んに北西インドに侵入。
- 175 BC
- セレウコス朝の後援を得た(と思われる)エウクラティデスが北西方に侵入、バクトリア本国を奪う。
この後もデメトリオスはインドの王として存続。北西インドに覇を唱えたメナンドロス王もこの王家の出身。
- ?〜150/145 BC メナンドロス
- 仏典『ミリンダ王の問い(ミリンダパンハー)』の主人公として名高い。仏教に改宗?
ジャムナー川からパータリプトラ、パンジャーブのサーガラ(シャールコット)に都し、ガンダーラからマトゥラーまでを支配。
- c.162 BC
- デメトリオス、エウクラティデスに敗死。
- その子ヘリオクレス、エウクラティデスを殺し、バクトリアを取り戻す。
- c.145 BC?
- ヘリオクレスはメナンドロスの後継者をも倒してパンジャーブまで領土を広げた。しかし……
- 139 BC
- インド=スキタイ(サカ)系騎馬民族トハラ族が北方から侵入、国を奪う。
- ヒンドゥークシュ以南では前1世紀中頃までギリシア人政権が続くが、それもサカ族やインド=パルティアに攻略されて次々と滅びた。
但し、カーブル〜カーピサ方面のヘルマイオスは後1世紀初めにクシャーナ朝の侵入があるまでは独立を維持した。
こうしてギリシア人政権は滅びたが、ギリシア人そのものはその後も長くこの方面に残った。
註
1.
インド進出を行ったのは、ストラボヌスによればディオドトスとメナンドロスだが、ユスティヌスはアポロドートスによると言っている。
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