= 軍事制圧が生み出すテロの温床 -- チェチェンの場合 =
大国は意のままにならない小国を力で簡単に潰せると考える。軍事力の行使は、外交手段の一環としか考えていない節もうかがえる。
だが、単なる外交交渉や経済制裁と、物理的に人間を殺すということが、どれほど大きな違いであるかをしばしば忘れがちだ。
それは人道上の観点からだけでなく、目的を達成するためのコストとしても、あまりにも高くつき過ぎるのである。
イスラエルはパレスティナを何十年も徹底攻撃し続けているが、反抗やテロは一向に収まらず、イスラエル社会・経済を常に不安定化させ、圧迫している。
アメリカはヴェトナム戦争に突入したため、国内は混乱して騒乱状態となり、経済は破綻してドルの価値は急落し、1970年代の世界を危機に追い込んだ。
ソ連はアフガニスタンに侵攻し、その人的・経済的軍事負担が体制崩壊の一つの引き金となった。
そして、この侵攻に対抗するためにアメリカが資金を提供して作らせたゲリラ組織は、後にその一部がテロ組織「アル=カイダ」となり、21世紀初頭のアメリカに本土攻撃を仕掛け、世界に計り知れない衝撃と影響を与えたのは記憶に新しい。
チェチェン紛争も、そうした軍事介入が生み出した悪循環の典型のように見える。
2度にわたるロシアとの戦争で、国土は荒廃し尽くした。20万人以上が難民として流出し、帰還は進んでいない。駐留ロシア軍の規律は乱れ、民間人への暴行・略奪は日常茶飯事となっている。
住民はロシアへの憎しみを日々はぐくみ、若者は教育を受けることも出来ず、武器の扱いだけに詳しくなる。紛争の長期化が人々を絶望感へ追い立て、自暴自棄のテロへと走らせる。
「ロシア政府は何千人ものチェチェン人を人生に意義を見いだせない状態まで追い込んでいる」(独立派を率いるマスハドフ前大統領)。
実際、2002年の劇場占拠事件の50人の犯人たちは20代前半の若者が中心で、うち18人は女性。多くは爆破装置を体に巻き付けていた。彼らは治安部隊との戦闘で死ぬことが望みだった。
家や財産を破壊され、奪われ、家族や恋人、友人たちを殺されたら、何に希望を持てばいいのか? 仕事に就こうにも、敵が支配し、日常的に暴行を受けるような社会で、人生の目標が敵への復讐にすり替わるのは、当然とも言えるのではないか?
本来チェチェン人の望みは、単に自主国家の建設だった。それを、ロシア人殺害のテロへと差し向けてしまったという点で、ロシアの力の政策は大いなる過ちと言えよう。
テロ再生産の悪連鎖を断ち切るには、力による対決ではなく、むしろ、被抑圧地域の生活条件を向上させ、人生はテロで自爆するよりずっと価値のあるものだと理解させるしかない、と思われるのだが……
(参考:2002年10月28日付『日本経済新聞』朝刊)
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