コーヒー
coffee [英] 
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 コーヒーノキの種子 (コーヒー豆) を乾燥させ、煎 (い) って粉にし、熱湯で浸出した飲料。

 =コーヒーノキ=

 エチオピア原産のアカネ科の常緑の低木。
 高さ3〜4.5m、革質で長楕円形の葉を対生し、白い花を咲かせる。
 果実は楕円体状で紅紫色に熟して「チェリー・ビーン」と呼ばれ、中に2個の種子を含む。
 種子は 「フラット・ビーン (平豆)」と呼ばれ、楕円体を二つに割ったような形で、平らな面に深い溝がある。カフェインを含み、コーヒーとして飲用するほか薬用とする。
 種子に調製を施し、乾燥させたものが、いわゆる「コーヒー豆」。

  • アラビアコーヒーノキ (アラビカ種) ……学名 Coffea arabica (英名 common coffee‖Arabian coffee) 高級種で、栽培コーヒーノキの大部分に当たる。世界のコーヒー生産の90%を占める。
     主産地はブラジル、コロンビアなど南米が中心。インドネシアでは、スラウェシのトラジャやガヨ、スマトラ島のマンダリンやタケンゴンが知られている。
     次のような多数の品種がある。
    • モカコーヒーノキ……
    • その他……
  • ロブスターコーヒーノキ (ロブスタ種) ……「コンゴコーヒーノキ」とも。学名 Coffea robusta 低地栽培に適す。アフリカのウガンダ〜コンゴ原産。19世紀末にコンゴ奥地で発見され、栽培開始。多収で病気に強いので、アラビアコーヒーノキの適さないジャワ、中央アメリカ、インドなどで栽培される。豆は灰色で品質は劣るが、香りが強い。価格が低いことなどから、インスタントコーヒー用に重要視される。
  • リベリアコーヒーノキ (リベリカ種) ……学名 Coffea liberica  アフリカ西岸の低地アンゴラ地方原産で、低温や病害虫に強く、湿潤で気候の悪い低地でも栽培が可能。香りに乏しく、安いコーヒーやアラビカ種との混合に使われる。

 =コーヒー豆=

 コーヒー豆は調製した種子である。豆は1〜2%のカフェインを含み,カフェオールにより芳香を有する。
 通常、豆は焙煎 (ばいせん) (ロースト)され、粉にひかれる。
 次のような多数の銘柄があり、それぞれを単味 (ストレート) または配合 (ブレンド) して用いる。銘柄は産出地や積出港の名で呼ばれる。

  • モカ……アラビア産コーヒーの総称 (アラビカ種)。かつてイェメンのモカ港から積み出されたため、この名がある。モカの中で「マタリ」は高く評価され、エチオピアの「ハラリ」も香味にすぐれるとされる。
  • キリマンジャロ……タンザニア産 (アラビカ種)。
  • ジャワ……ジャワ島産。数少ないロブスタ種の一つ。
  • マンデリン……スマトラ島産のアラビカ種。ブルー・マウンテンが出回るまでは最高のコーヒーとされた。
  • ブルー・マウンテン……ジャマイカ産 (アラビカ種)。香味ともによく整っており、最上級ブレンドのごとき美味を持つとされる。
  • ブルボン……マダガスカル東方のレユニオン島産 (アラビカ種)。
  • ブラジル……正式には「ブラジル・サントス」 (アラビカ種)。モカ型の味をもつ「ブルボン・サントス」はブルボン・コーヒーの系譜を引く。
  • コスタリカ……コスタリカ産 (アラビカ種)。
  • グアテマラ……グアテマラ産 (アラビカ種)。
  • コロンビア……コロンビア産 (アラビカ種)。特に「コロンビア・メデリン」が良質
  • マイソール……インドのマラバル海岸沿いの山地で産出 (アラビカ種)。

 数種の単味 (ストレート) の豆を配合した、いわゆる「ブレンド」には、ブラジル、コロンビア、モカの5:3:2などの配合例が知られる。

 =いれ方=

 コーヒーの旨味は、豆に含まれるカフェインや、焙匙で生ずる水溶性の芳香性物質を十分に抽出し、不要な成分の溶出を防いだ時、最高に引き出される。
 そのためにはコーヒーはきれいに澄んだ状態でなくてはならぬことが19世紀確認された。
 澄んだコーヒーを取るには、次のような方法がある。

  • 浸漬法 (しんしほう) …… 熱湯中に粉を入れて数分間浸出させる。
  • 透過法 …… 布袋や特定の容器に入れた粉に熱湯を注いで浸出液をこし取る。いわゆる「ドリップ」が基本になる。「水出し法」も透過法の一種。
  • 混合法 …… 浸漬と透過を兼ねた器具「サイフォン」を利用。「パーコレーター」は透過法と煮出しの中間。
 現在最も一般的ないれ方は、次のように分類される。
  • レギュラー・コーヒー……コーヒー豆の粉末に熱湯を注いでこす。
    • ドリップ式……こし袋にコーヒー粉末を入れ熱湯を注ぐ。本格的には綿ネルの袋が用いられるが、最近はペーパー・フィルターが一般的。
       ドリップ式の変形として、次のような湯の沸騰を利用した器具を使ったいれ方がある。
    • サイフォン……耐熱ガラス製の上下2つの球体で構成される。下の球体の湯を沸騰させてから、あらかじめ粉を入れて置いた上段のボールを差し込むと、蒸気圧によって熱湯が上昇して浸出を行い、火を消すと浸出液は濾過具を通って下段に吸引される。
    • パーコレーター……ポット形のコーヒー沸し器。ポットの上部に細孔を備えたバスケットをもち、この中に粉を入れる。ポットに水を入れ、火にかける。熱せられたポットの水は沸騰し、中央のパイプを通って上部に上がり、バスケット中の粉の上に熱湯となって噴出し、コーヒーをを浸出して落下する。煮沸と濾過をくり返すことになるので、煮つまらないうちに火からおろす。
  • インスタント・コーヒー……濃縮したコーヒー液を、噴霧乾燥あるいは凍結乾燥によって粉末・粒状化して保存。後で熱湯や水を加えて飲む。
     国際コーヒー協定は、相当生コーヒー量の3分の1以下で同一成分を得ることが必要と規定。
     1901年日本人が米国でソリュブル・コーヒーとして発売したのが初めといわれる。


 =コーヒーの歴史=

紀元前
 エチオピアで「アラビアコーヒーノキ (アラビカ種)」繁殖。

6世紀頃
 エチオピアで薬用に。

 〔伝説〕 6世紀頃、エチオピア高原の山羊飼いカルディは、ある日草原に放し飼いにしていた山羊たちが、昼夜の別なく、のべつ興奮して跳ね回っているのを見つけた。どうやら丘の中腹に茂っている潅木の赤い実を食べたらしい。奇妙に思ってカルディもその実を食べると、たちまち気分爽快になり、体に活力がみなぎった。このことを近くのイスラム修道僧に知らせると、彼らはさっそく僧院に持ち帰り、ほかの僧たちにも勧めた。おかげで徹夜の宗教儀式の最中でも居眠りする僧はいなくなった。  (レバノンの言語学者ファウスト・ナイロニの『眠りを知らない修道院』(1671))

6〜9世紀頃
 対岸のアラビア半島イェメンに渡り、眠気を消す薬として徹夜の宗教儀式などに使われる。

10世紀初頭
 アラビアの名医ラージー (854頃〜925) は、
 古来エチオピアに原生していたブン (bunn) の種実を砕いて煮出した汁液ブンカムは、一種の薬として胃に良い。
と記す (コーヒーについての世界最初の文献)。

11世紀
 アラブ世界で「ブンカム」の飲用が広まる。
   哲学者・医学者イブン・シーナーが、具体的な飲用法を書き残す。
 この頃は生豆を砕いて煮出したので、色も麦藁色だった。また、果肉をつぶして脂と混ぜ、団子状にして食べたりもした。
 但し当初は、眠気覚ましの妙薬として、一部の聖職者たちだけの秘密にされていたという。

13世紀半ば
 イェメンでも薬として飲用される。

 〔伝説〕 1258年頃、アラビアのイスラム僧シェーク・オマールは、無実の罪でイエメンのモカからオーサバへ追放された。食物を求めて山中をさまよっていると、一羽の鳥が赤い木の実をついばんでいるのを見つけた。その実を煮てみたところ、えもいわれぬいい香りが漂い、煮汁を飲んでみると、疲れが消え去った。そこで彼はこの実の煮汁を多くの病人に飲ませ、元気を回復させた。この功績が認められ、彼は罪を許されてモカへ帰り、聖者として祭られた。  (アブダル・カディの『コーヒー由来書』(1587))

13世紀半ば
 豆を炒(い)ってから煮出すようになる (焙煎用具の開発)。その方法の発見は偶然と言われる。
 煎ることで色が黒く、香り高くなったコーヒーは、酒の代替物として、アラビアを中心とするイスラム教の国々で愛用される。
 なお、コーヒー豆「ブン」は、一種の酒の名を取って「カフワ (qahwa) 」と呼ばれるようになった。

13世紀
 秘薬であったに関わらず、メッカへの巡礼者たちが大量の生豆をそれぞれ持ち帰り、各地で栽培化が始まる。

1454
 イスラム僧ゲマルディンが、一般民衆にコーヒーの存在を公表する。
 これ以降、一般の人々も祈祷の前にコーヒーを飲むようになり、寺院の回りはコーヒーの露天であふれかえる。

15世紀
 コーヒーはイスラム商人の手により中近東一帯の市場に出回る。
 聖地メッカから、エジプトのカイロヘ、シリアのダマスカスへ、さらにはイランへと伝わる。
 やがてコーヒー人気が過熱して賛否論争が起こり、メッカの地方長官カイル・ベイは「コーヒー禁止令」を発するが、コーヒー好きだったカイロのスルタンが怒り、禁止令を撤回させ、「カフワ (コーヒー) はコーランの教えに反しない」と宣告させたという。

1517
 オスマン朝トルコ帝国のセリム1世、エジプトを征服し、ブルジー・マムルーク朝を滅ぼす。
 この際、「カフワ」がトルコに伝わり、「カフウェ(kahve)」と呼ばれるようになる。
 トルコでは薬ではなく嗜好品として受け入れられ、手鍋でコーヒー粉を煮出す「トルコ式コーヒー」も案出されて人気を呼ぶ。

1554
 オスマン・トルコの首都イスタンブールに、世界最初のコーヒー喫茶店「カフウェ・カーネ (Kahve Kh'ne)」 が開店。客が殺到。

16世紀中頃
 イスラム教界の長老アブド・アルカーディル、コーヒーについての知識を書物にまとめ、コーヒーを賛美。

 しかし、過熱するコーヒー・ブームや、コーヒー店でかわされる政治談議は、支配者にとって危険に感じられ、そのためたびたびコーヒー禁止令やコーヒー店に対する干渉・弾圧が加えられた。

1573頃
 シリアのアレッポに滞在していたドイツ人医師L・ラウウォルフは、旅行記にコーヒーのことを記す (ヨーロッパにコーヒーを紹介した最初の文献)。
 その後フランスのP・S・デュフォアや、イタリアのデラ・バレが、コーヒーについて論考。

1600
 アラビア人がインド西岸にコーヒーの木を伝える。

17世紀
 インド人のババ・ブーダン、メッカ巡礼の際にコーヒー豆を盗み出し、南インドのマイソールに植える。

1615
 トルコからヴェネツィアにコーヒーが伝えられる。
 その後コーヒーはヨーロッパ全土へ広まる。
 トルコの「カフウェ」はヨーロッパで「カフェ」「コーヒー」となった。

 ローマ・カトリック教会で、イスラム教徒の飲み物をキリスト教徒が飲んで良いかどうかという論議が持ち上がった時、当時の教皇クレメンス8世 (位1592〜1605) は、「こんなにおいしい飲み物を異教徒に独占させておくわけにはいかない」と言って、コーヒーに洗礼を施し、キリスト教徒の飲み物にしたという。

1625
 エジプトのカイロで、砂糖を入れた甘いコーヒーが流行。

1640
 オランダ商船がヨーロッパで初めて、イェメンのモカ港からコーヒーを輸入。

1650
 オックスフォードにイギリス最初のコーヒー店が開店。

1652
 貿易商のエドワードが、召使のギリシア人パスクア・ロセーに、セント・ミカエル教会のそばにテント張りで、ロンドン最初のコーヒー店を開かせる。
 これが評判となって熱狂的なコーヒー熱が広まり、イギリス各地に「コーヒーハウス」ができる。
 当時コーヒーハウスは女人禁制で、男たちはここで天下国家や芸術を論じ、ビジネスを繰り広げた。
 こうしてコーヒーハウスは紳士の社交場、一種の文化サロンとして人気を博す。

1657
 イギリスにお茶が輸入され、トマス・ギャラウェイがロンドンで販売。※※

17世紀
 北米植民地でも飲まれるようになる。

1669
 トルコの大使がルイ14世にトルコ・コーヒーを献上。
 コーヒーはフランス上流階級にも広がり、多くのサロンを生んで思想・芸術の発展に寄与する。
 一般民衆も好み、街角に数え切れない「カフェ」が誕生。

1674
 イギリスで、コーヒーハウスの閉鎖を求める主婦たちの嘆願書が提出される。
 コーヒー・ハウスに入り浸って、家に帰らない男たちが現れたからだという。

1685
 フランス人医師がカフェ・オレを医療に使う。
それ以降カフェ・オレが普及。

1686
 パリのコメディ・フランセーズ近くに「カフェ・プロコープ」が開店。
 ラ・フォンテーヌ、ヴォルテール、ルソー、ディドロ、ダランベール、ダントン、ロベスピエール、バルザック、ユゴー、ヴェルレーヌなど、「百科全書派」の人々、詩人、作家、革命家その他多くの文化人が集う知的サロンとして繁盛し、大革命期をも生き延びる。

1689
 イギリス、中国の広東から茶の直輸入を開始。 ※※

17世紀末
 ヨーロッパ人は強制栽培用にアラビカ種をジャワ島スリランカに持ち込み、栽培が始まる。

1688〜1703 (元禄年間)
 この頃、日本の長崎出島のオランダ商館 (設立:1641年=寛永18年) にコーヒーが持ち込まれる。

18世紀初め
 イギリスのコーヒー・ハウスの数は 3000軒に達する。
 一部のコーヒー・ハウスは文化・情報の発信源となる。

1706
 イギリス最古の紅茶商「トワイニング」の元、「トム」が創業。 ※※

18世紀前半
 フランスの海軍将校ド・クリューがアラビカ種をフランス領マルティニーク島に移植。
 ド・クリューは航海の最中、自分の飲み水をコーヒーの苗木に注ぎ、枯れないように注意しながら運んだ。
 これが中南米のコーヒーの元となる。

1721
 イギリスの東インド会社が茶の輸入権をほぼ独占。※※

1727
 南米の仏領ギアナからブラジル (ポルトガル領) に実の付いた枝が持ち込まれる。
 これをきっかけに、ブラジルでコーヒー栽培が本格化する。

1734〜1735
 ヨハン・セバスチャン・バッハ、コーヒー熱を皮肉った世俗カンタータ「コーヒー・カンタータ」 (カンタータ第211番「そっと黙って、お喋り召されるな」 BWV.211) を作曲。
 おそらくはバッハ自身が、学生主体のコレギウム・ムジクムを率いて、ライプツィヒ随一のコーヒー・ハウス「ツィンマン・コーヒー店」で初演。

1730年代
  イギリスに続々とティーハウスが登場。 ※※

18世紀
 ヨーロッパ人のコーヒー・プランテーションは西インド、中南米に広まる。
 それまでエチオピアやアラビアでしか採れなかったコーヒー豆が、東南アジア、中南米、中央アフリカなどでも産出されるようになる。

18世紀後半
 ヨーロッパで、煮出したコーヒー液をろ過し、豆粉かすを除くいれ方が発見される。
 コーヒーはきれいに澄んだものの方がおいしいことが確認される。
 但し、イギリスでは紅茶の方が良く飲まれるようになる。

1763
 フランスのドン・マルタン、袋入りのポットを発表。

1773  ボストン茶会事件
 イギリス政府が紅茶に高い関税をかける茶条例 (Tea Act) を制定したことに腹を立てたボストン市民の一部が、アメリカ原住民(インディアン)に変装して、港内に停泊していた東インド会社の紅茶運搬汽船二隻を襲撃、船荷のうち342個の茶箱を海中に投げ捨てる。
 こうした反英感情が高まって……

1775〜1776  アメリカ独立戦争
 これ以来アメリカでは紅茶ではなくコーヒーを飲むようになったという(!)。

1800
 フランスでドリップ式が考案 (ド・ベロイのドリップ・ポット出現)。
 イギリスではサイフォン式による抽出が行われる。

1804 (文化元年)
 狂歌師で戯作者・大田南畝 (1749〜1823) (号は蜀山人)が『けい浦又綴 (けいほゆうてつ) 』という書物の中に、
 紅毛船にて「カウヒイ」というものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり、焦げくさくして味ふるに堪えず。
と記す。

1888 (明治21年) 春
 アメリカ留学経験者の日本人・鄭永慶が東京上野の西黒門町に、日本で最初の本格的コーヒー店「可否茶館」を開く。
 数年後に閉店。

1898
 コンゴ奥地で「ロブスターコーヒーノキ (ロブスタ種)」が発見され、栽培化開始。
 多収で病気に強いので、アラビカ種の適さないジャワ、中央アメリカ、インドなどで栽培されるようになる。
 数年後には西アフリカでリベリカ種のコーヒー発見。

1886
 東京日本橋に洗愁亭が開店。1888年開店の上野・可否茶館と共に日本のコーヒー店の起り。

19世紀末
 インドネシアに、低地での栽培に適したロブスタ種が広まる。インドネシアはのち、世界最大のロブスタ種の生産国に。

20世紀
 アフリカでコーヒー栽培開始。その生産も流通も消費も欧米人の手に握られる。

1901
 日本人化学者、加藤サトリがインスタント・コーヒーを発明。バッファロー市の全米博覧会で「ソリュブル・コーヒー」として販売。

1902
 ロブスタ種がブリュッセルの植物園からジャワ島に伝わる。

1903
 コーヒーの焙煎技術や焙煎機械などの特許がアメリカで盛んに取得される。

1906
 アメリカ人化学者G・ワシントンがコーヒーの濃縮液を真空乾燥する方法を開発。

1921
 ジャワ島で生育するアラビカ種コーヒーのみを「ジャワ・コーヒー」と称することに。

1926年10月 (大正2年10月)
 東京銀座に「カフェーパウリスタ」開店。
 パリの「カフェ・プロコープ」をモデルにしたこの店は、高級西洋料理店プランタンのコーヒーが1杯15銭だった時代に、ブラジル・コーヒーを5銭で売った。
 菊地寛、佐藤春男、水上滝太郎、吉井勇など大正の文豪たちが集まる文学カフェとなったが、また一般の人達が気軽に立ち寄れる値段と雰囲気だったので、最盛期には全国に20余りの支店を展開するほどに繁盛した。
 全国のパウリスタで初めてコーヒーを飲んだ日本人は数知れず、日本でのコーヒーの大衆化が大きく進む。
  「Saks & Company」ウェブ・サイト < http://www.saksco.net /> 中の「コーヒーの歴史 (年表)」 < http://www.saksco.net/archive/knowledge/handbook/extra/coffee(history).html > による。

※※  「Saks & Company」ウェブ・サイト < http://www.saksco.net/ > 中の「紅茶の歴史 (年表)」 < http://www.saksco.net/archive/knowledge/handbook/extra/tea(history).html > による。

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更新日:1999/12/25; 2003/10/11

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