中国の秦〜漢代に中央アジアで活躍したイラン系騎馬民族。
ストラボーヌスの記す「オシアイ」及び「パシアイ」のことか?
- 戦国時代
- モンゴル高原の西半分を支配する大勢力だった。
- 176 BC 頃
- 匈奴(きょうど)の冒頓単于(ぼくとつ・ぜんう)に打ち破られる。
天山山脈の北へ逃れた主力は「大月氏」と呼ばれ、黄河の西(河西地方)に残った勢力は「小月氏」と呼ばれた。
- 150 BC頃
- 大月氏は再び匈奴の攻撃を受けて西遷し、アフガニスタン北部、オクサス川の北に移動。
- 前2世紀後半
- さらに南下して大夏(アフガニスタン北部にあったトハラ族の国)を併せ、大月氏国を建てる。
- 139 BC
- 前漢の武帝の使いとして張騫 (ちょうけん) が大月氏のもとを訪問。
バクトリアに安住していた大月氏は漢の誘いに乗らず、漢は烏孫 (うそん) と盟を結ぶ。
|