グルジャラ族
Gurjara  10世紀中〜12世紀後半
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 エフタルの近縁種で、北インドに侵入、一大勢力を築き、のちラージプート形成の母体の一つとなった。「グージャラ」とも。
6世紀
 エフタルよりやや遅れて北インドに侵入。
 ラージプターナのビルマルに王国を築き、カニャークブジャ(現カナウジ)、ブローチを所有。
 さらにパキスタン北東方面に侵入。この地は「グジャラート」=「グルジャラ人の地」と呼ばれるようになった。

6世紀後半
 インド内地に定住した彼らはヒンドゥー教を信奉、インド人に同化するように。
 プラバーカラ・ヴァルダーナとその子ラージャとハルシャは、グルジャラ族の南下を防いだ。

7世紀前半
 ハルシャはヴァルダーナ朝を建設、グルジャラ勢力を押さえる。

7世紀後半
 ハルシャ死後、グルジャラ王ハリチャンドラは領域を拡大。

8世紀前半
 ハリチャンドラの3代後、グルジャラ朝は、
  • 本家……本拠: パーンディ (ジョドプル)
  • 分家……本拠: メダンタカ
に分かれ、ハリチャンドラの弟ダッダは、ブローチと南グジャラートに支家を建て隆盛。

8世紀後半
 グルジャラ諸王国は、シンドから更に東進を試みるイスラム勢力の企てを阻止。
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©1999 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1999/04/02

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