現ネパール王国(グルカ朝またはシャハ朝)を建設したインド系民族で、18世紀以降ネパールを支配した。「ゴルカ」とも表示。漢字では「廓爾喀」。
インド・ヨーロッパ語族のネパール語(表記文字はデーヴァナーガリー文字=梵字)を使用する人々を中核とし,ヒンドゥー教の影響大。
18世紀頃、カトマンズ(正しくはカトマンドゥー)の西にあるグルカという小さな町に興る。
その支配層はもとはラージプート系インド人で、イスラムに追われて中部インドから北上、カシュミール地方を抜けてネパールに侵入した。
グルカ族たちはネーワール人を征服、混血。
- 1767−1768
- 群雄割拠の中から、プリトゥビ・ナラヤンがグルカ勢力を率いてカトマンズ一帯を征服。ネーワール族のマッラ朝を倒して現ネパール王国(グルカ朝、またはシャハ朝)を建てる。
以後20年ほどが最盛期。 支配権は東はシッキム、西はカシュミールに接触するほどになる。
- 1788以降 チベットに武力侵入
- 1790-92
- 清の乾隆帝(けん・りゅう・てい)の征伐。 これ以後清に朝貢するようになった。
- 1814-16 グルカ戦争(ネパール戦争)
- 敗北し、イギリスの保護国に。
グルカ族は次のチベット・ビルマ語系部族も取り込んだが、これらの諸部族は特に勇猛果敢で知られる。
- グルン族……これだけを「グルカ」と呼ぶこともある
- マガール族
19世紀にはイギリス領インド帝国の精髄「グルカ兵」として知られ、セポイの乱の鎮定などで活躍。
- 1846〜1951
- ラナ一族出身の宰相が支配。
- 1923
- イギリスから独立。
- 1951
- 王政復古。
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