ハンザ同盟
Deutsche Hanse (Hansa)   13世紀末〜17世紀末
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 中世北欧商業圏を支配した北ドイツの都市同盟。正確には「ドイツ・ハンザ」と言う。
 「ハンザ(Hanse, Hansa)」は本来「団体」の意味で、「旅商人の仲間(組合)」を指したが、のちには「ドイツ・ハンザ」を名乗る都市同盟を指すようになった。

1210
 リューベックとハンブルクが商業同盟を結ぶ。 → ハンザの核へ。

1230〜1241  
 リューベック=ハンブルク条約
 1241年リューベック、ハンブルク間に結ばれたのが、ハンザ同盟の最初とされる。

 その後、リューベックを盟主として、北ドイツ諸都市間で網の目のように同盟が張り巡らされた。
 同盟には@外地商人を守る経済的な「商人ハンザ」と、A本国都市同士の政治的な「都市ハンザ」とがあったが、
1358  
 「商人ハンザ」と「都市ハンザ」は統合されて、諸都市は「ドイツ・ハンザ」を名乗り、フランドルに対して商業封鎖宣言を行う。
 ハンザ同盟は14〜15世紀が最盛で、14世紀後半には極盛期を迎えた。
 加盟都市は最大で200を越え、@ロンドン(商館は「スティール・ヤード」と呼ばれた)、Aブリュージュ、Bベルゲン、Cノヴゴロド(商館名ペーターホーフ)の四大拠点(外地ハンザ)などに在外商館を置いて北方貿易を独占した。
 指導都市はリューベック。ただしその各加盟都市に対する規制力は弱く、共通する利害感覚によって結ばれていた。

 ハンザ同盟は政治的・軍事的同盟であり、必要によっては軍事力も行使した。15〜16世紀のヨーロッパ諸国はドイツ・ハンザを「国家」と見なし、代表使節を招き、同盟を結び、交戦した。

1361〜1370  デンマークとの戦い(「ハンザ戦争」)
1361−62
 デンマークのヴァルデマール4世、ケルン他と同盟してハンザ同盟を破る。

1367−70
 ハンザ軍の逆襲。

1370  シュトラルズントの講和
 デンマーク王の選挙にハンザの承認が必要になった。
 デンマークの南進を阻止し、ハンザ同盟は最盛期。

1402  ヘルゴラントでの勝利
 ハンザのメンバー、ハンブルクが海賊同盟「ヴィタリエン兄弟団」をほぼ壊滅させる。

14世紀末まで  外地での特権拡大続く

15世紀以降  既得権益維持という守勢に転ずる

1420〜1435  再びデンマークと戦う
1420−35  デンマークとの戦争
 発端の一つはポンメルンのエリックのズント海峡通行税の問題。

1435  フォルディングボルの和
 デンマークが屈服、リューベックその他のハンザ主要都市にズント通過税を免除。

1468〜1474
 イングランドの「ばら戦争」(1455-85)で、ヨーク家のエドワードがタウトンの戦いで王位を得(1461)、エドワード4世(位1461-83)として即位すると、ハンザはエドワードを支持する代わりに商業特権を得る。

1470
 ハンザはデンマークに、英蘭船がズント海峡を通るのを許可しないよう強制。ハンザは守勢に回る。

1494
 ノヴゴロドのペーターホーフ商館閉鎖。

16世紀以降  ハンザの衰退著しく、同盟国間の結束の乱れを防ぐだけで精一杯
 
 =衰退の原因=  
     
  • 同盟内の対立  
  • イギリス、オランダによるハンザ商人排除  
  • ドイツ諸領邦の成長による圧迫  
  • 北方諸国の強大化  
  • 地理上の発見に伴う商業中心地の移動(北海→大西洋へ)  
  • 重商主義の発展  
  • 北海の鰊の激減……  

1597
 ロンドンのスティールヤード商館閉鎖。

16世紀末
 ハンザ同盟は事実上活動停止。

17世紀末
 消滅。
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©1998 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1998/08/31

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