ホイサラ朝
Hoysala  11世紀〜14世紀
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 マイソール地方を支配したインド中世のヒンドゥー王朝。
11世紀〜12世紀
 西チャールキヤ朝チョーラ朝が激しく抗争を繰り広げる間、西チャールキヤ朝の封臣として勢力伸ばす。

12世紀後半
 西チャールキヤ朝の衰退に乗じ、独立を果たす。

12世紀末
 西チャールキヤ朝滅亡後の北インドにはヤーダヴァ朝カーカティーヤ朝が強大化した。また南ではパーンディヤ王国が台頭し、チョーラ朝に侵入を繰り返していた。
 ホイサラ朝は、北ではヤーダヴァ朝の侵略と戦い、南ではチョーラ朝を助けてパーンディヤ王国と争った。

14世紀前半
 北方からイスラム勢力の侵入。

1310
 ハルジー朝のアラー・ウッディーンがヤーダヴァ朝を滅ぼした際、その将軍マリク・カーフールの軍はホイサラ朝をも攻略、国王バッラーラ3世を捕らえる。
 3年後、釈放されたバッラーラは再興をはかるが成功せず、わずかに難攻不落のヴィジャヤナガル市を建築したのみ。

1342
 バッラーラは殺され、やがてその子も運命を共にした(ホイサラ朝の滅亡)。
 ホイサラ朝滅亡後、その領域はヴィジャヤナガル王国(14世紀初め〜17世紀初め)に継承される。

〔文化〕 諸王の多くはジャイナ教を信奉。ホイサラ様式(星形プラン[平面図]、高い基部、多くの彫刻……)の寺院を建築。

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©1998 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1998/08/31

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