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後世のアラビアの史家が、イスラム出現前夜の4〜6世紀のアラビア半島を呼ぶ言葉。
この時代は定住から遊牧の時代へと移り変わる激変の時代だった。
特に南アラビア(イェメン)では砂漠化の進行が著しく、ヘレニズム経済圏との交通路を途絶されて経済は破綻した。
→ 農耕民の遊牧化、北方への大移動開始
南アラブ族の北方移動の結果、次のような勢力が中央〜北アラビアに出現した。
- ガッサーン族……イェメンから北上し、4世紀末にナバタエ族の故地ペトラを占めて王国を築く。王国は636年イスラム軍に滅ぼされる。
- ラフム族……同じくイェメンから北上し、ユーフラテス川河口に近いヒーラに王国を建設。
- キンダ族……中央アラビアの遊牧民を統一し、480年頃から529年までの約50年間、ネジド高原に王国を維持した。
- カルブ族、タイイ族ほか……7世紀初めにシリア砂漠にいた遊牧部族。
こうした変動の結果、6世紀前半のアラビア半島の形勢は次のようになった。
- 北アラビア
- シリア方面にはガッサーン朝、メソポタミア方面にはラフム朝があった。
ただし文化活動は低調。
- 中央アラビア
- キンダ王国が諸部族を統一(c.480〜529)。
- 南アラビア
- 繁栄は失われ、最後の王国ヒムヤルも国家としての統一を失い、525年にエチオピアのアクスム王国の侵入で滅ぶ。
7世紀にマホメットを登場させるメッカの支配部族クライシュ族は、イェメンからの移住者ではなく、定住北アラブ族である。
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