= ハザール人は「東欧ユダヤ人」の祖先か? =
ハザール・ハン国滅亡後も、残存ハザール人たちはユダヤ教を信じていたと言われる。
そこで、彼らが西へ流れ着き、いわゆる「東欧ユダヤ人」の祖になった、とか、ナチスが東欧のユダヤ人が虐殺した時、西欧のユダヤ人が救出に動かなかったのは、イスラエル起源以外のユダヤ人の絶滅を望んでいたからだ、などという俗説を生んでいるが、実際はどうなのか?
中世以降、ロシア、ポーランドなどの東欧にかなりのユダヤ教徒が住んでいた。彼らはイディッシュ語を喋り、伝統的な信仰と風俗習慣に固執しする独特のユダヤ民族集団「アシュケナジム」を形成していた。
その一部が、ハザール・ハン国滅亡後に離散したユダヤ教徒である可能性はある。だが、ハザール・ハン国でユダヤ教徒だったのは支配層に限られており、むしろ王国内には多くのイスラム教徒やキリスト教徒が居住していた。ハザールの民で本当にユダヤ教徒だったのは少数派なのだ。
それに、ハザールという民族が、信仰だけでなく、固有の言語や習慣まで捨てきって、ユダヤ化するものだろうか。
しかも、東欧ユダヤ人「アシュケナジム」の言語イディッシュ語は、系統的にはゲルマン語派に属する。ハザールの末裔ならトルコ語派に属すはずだ。
現在、アシュケナジムの歴史は次のように考えられている。
9世紀ころ、ユダヤ人集団が北イタリアや北フランスからドイツ(主にライン流域)に移住。ここで中高ドイツ語諸方言に接触し、イディッシュ語の基礎を形成。語彙には独語、ヘブライ語、アラム語の他、かつて接触した仏伊語の要素も見られる。
13世紀以後、キリスト教徒の迫害を受け、さらに東欧に移る。
14世紀以後、スラヴ人地域に居住。イディッシュ語もポーランド語、ウクライナ語、ベラルーシ語の強い影響を受け、例えばヘブライ語の語幹にスラヴ語の接尾辞を付けることも行われるようになる。
1492年にスペインが自国内のユダヤ人(セファルディム)を追放し、その一部が東欧にも来たが、東欧のアシュケナジムと同化することはなかった。
17世紀以後、東欧での「ポグロム(ユダヤ人虐殺・迫害)」が始まり、特に19世紀後半に帝政ロシアで起こった迫害を逃れるため、大量のアシュケナジムが西欧やアメリカへと移住した。
この際、西ヨーロッパ社会に同化しつつあったユダヤ教徒セファルディムと利害が対立し、彼らからも蔑視・差別された。
こう見てくると、仮に10世紀のハザール・ハン国滅亡時に東欧に逃げ込んだユダヤ教徒のハザール人がいたとしても、とてもアシュケナジムの中核になったとは思えないが……
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