中央アジアのトルコ系遊牧民。「クルグズ」とも。
元来はインド=ヨーロッパ系の白色人種だったと考えられるが、その後トルコ系諸民族との接触が長く続いたため、形質的にも言語・文化的にもトルコ (テュルク) 化。
中央アジア,キルギスタン共和国とその周辺に住むのキルギス語を話す人びと。従来は遊牧が生業で,多くはスンナ派イスラム教徒。人口約250万人。
- 紀元前 (前漢代)
- イェニセイ川上流地方に遊牧し、「堅昆 (けんこん) 」「鬲昆 (かくこん) 」と記録される。
- 紀元前後
- 匈奴 (きょうど) に服属。
- 南北朝時代
- 「結骨 (けっこつ) 」「契骨 (けいこつ) 」と記される。
- 6〜7世紀
- 突厥 (とっけつ) の支配。
- 東突厥の崩壊後、唐に朝貢して覊縻州となり、「堅昆都護府」が置かれる。
この頃(6〜8世紀)、当時居住していたイェニセイ川上流地域 (現ハカス共和国) に「イェニセイ碑文」
を残した。
- 8世紀初め
- 東突厥の復興後、突厥のビルゲ・カガン ([田へん+比]伽可汗)の征伐を受ける。
- この頃 (唐代) には「黠戛斯 (かつかつし) 」「コツ(糸へん+乞)キツ(手へん+乞)斯 (こつきつし) 」と書かれる。
また、「金髪で白い肌、青い瞳」と書かれていることから、少なくともこの頃までは白色人種な形質を保っていたと考えられる。
- 8世紀後半〜9世紀前半
- 東突厥が滅びると、それに代わってウイグル帝国の支配を受ける。
- 840 ウイグル帝国を攻撃
- ウイグルの都カラ・バルカスンを攻略、そのカガンを殺し、ウイグル帝国を崩壊させ、全部落を南方に追い散らした。
- 12世紀
- 契丹人の西遼 (カラ・キタイ) と交渉。その攻撃も受ける。
- 13世紀初め
- モンゴルのチンギス・ハーンから攻撃され、本格的な民族移動が始まる。
- 追い散らされた部族 → 南西方面へ
- イェニセイ上流に残留した部族 → 「ハカス人 (アバカン・タタール) 」と呼ばれるようになる。
- 15世紀
- 離散したキルギスの一部が、セミレチエ地方 (現カザフスタン東南) に定住。
- 16〜17世紀
- カザフ草原を横切ってヴォルガ河方面まで勢力を伸ばしてきたモンゴル系オイラート族 (現カルムィク) と衝突を繰り返す。
その激烈な抗争は、50万行に及ぶ長編叙事詩『マナス』にまとめられた。専門のマナス歌いが無伴奏で歌うそのメロディは7音音階から成り、5音音階が多いアルタイ系民族の間では異色。
現在のキルギス人はこの草原での壮絶な戦いを通じて形成されたと言って良い。
- 17〜18世紀
- オイラート(のちジュンガル)の激しい襲撃を嫌って、キルギスの大部分はカザフスタンの南東、中国と国境を接する天山山脈の西側斜面に位置する現住地へと移動。
- 18世紀
- キルギスが現住地であるフェルガナ渓谷に定住。
- 1758〜1759 清の乾隆帝による「回部」 (=東トルキスタン) 征服
- 東トルキスタンは「新疆」 (「新たなる領土」)と名付けられ、キルギスも清朝の支配に服す。
- 19世紀前半
- ウズベク人のコーカンド・ハン国がキルギス地方(キルギスタン)を征服。
- 1864
- ロシア帝国が西トルキスタンに進出、北キルギスタンを領有。
- 1876
- ロシア、南キルギスタンをも奪取し、キルギスを完全に制圧。
ロシアは遊牧地を国有地とし、ロシア人移民に分配。
- 1918年5月
- ロシア革命の余波を受け、キルギスタンはロシア連邦社会主義共和国の内部の「トルキスタン自治ソヴィエト社会主義共和国」(ソヴィエト・トルキスタン)の一部となる。
- 1924年10月14日
- 中央アジアの民族間国境確定により、ロシア共和国内の「カラ・キルギス自治州」となる。
首都はコーカンド・ハン国時代のピシュペク砦から発展したビシュケク。
- 1925年5月25日
- 「キルギス自治州」と改称。
- 1926年2月1日
- 自治州を「キルギス自治[ソヴィエト社会主義]共和国」へ格上げ。
同時に首都ビシュケクは同地出身の赤軍司令官にちなんで「フルンゼ」と改称された。
- 1936年12月5日
- ロシア共和国から分離、一個の連邦構成共和国たる「キルギス[ソヴィエト社会主義]共和国」としてソ連邦に加盟。
- 1990年10月
- 中央アジアの政治指導者の中で最も民主的と目されるアカーエフが大統領に就任。
- 1990年12月12日
- 共和国主権宣言を採択。
アカーエフ大統領の指導の下、キルギスは中央アジアでいち早く政治の民主化及び市場経済化を軸とした改革路線を打ち出し、その結果、社会情勢は比較的安定している。
しかし、旧ソ連の中でも特に工業化が遅れており、しかも工業労働者の7割以上がほぼスラブ系の住民という状況にある。
- 1991年8月31日
- ソ連からの独立を宣言。
同時に首都フルンゼは旧称ビシュケクに復した。
- 1993年5月
- 国名を「キルギス共和国」に変更。
- 1994年7月
- ウズベキスタン、カザフスタンと統一経済圏創設条約を締結。
- 1995年12月
- アカーエフ大統領再選。
95年度にGDP成長率は独立後初めてプラスに転じた。
- 1996年3月
- ロシア、ベラルーシ及びカザフスタンと関税同盟条約及び統合強化条約を締結。
- 1998年8月 ロシア金融危機
- ロシア金融危機のあおりを受け、通貨ソムが下落、国際収支の悪化を招く。
また同年夏、洪水等の自然災害が発生。
- 1998年10月
- CIS諸国で初のWTO(世界貿易機構)加盟国となった。
また、国民投票の結果、中央アジア諸国で初めて土地私有制を柱とする憲法修正案が承認される。
- 1998年12月
- CIS諸国で初のWTO(世界貿易機構)加盟国となった。
- 1999
- イスラム過激派によるテロ活動が盛んに。
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