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朝鮮半島の北半を占める社会主義国家。「北朝鮮」とも呼ばれる。
- 第2次世界大戦後
- 直ちにソ連軍が進駐し、北緯38度線以北の5道に各級人民委員会を設置。
- 1948年8月
- 最高人民会議代議員の選挙。
- 1948年9月9日
- 9月憲法を採択して、人民共和国が成立。
首相は金日成 (キム・イルソン) (1912〜1994) 。
- 1949
- 主要政党団体を結集して祖国統一民主主義戦線を結成。
金日成は朝鮮労働党 (共産党) 中央委員長となる。
- 1950〜1953 朝鮮戦争
- 南進統一をめざして韓国に侵攻。多大な被害を出して休戦。
- 1950年6月25日
- 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)軍が北緯38度線を越えて南進、大韓民国(韓国)軍との武力衝突。
- 米国は、マッカーサー連合国軍総司令官指揮下の在日駐留米軍を中心とする国連軍を大量投入するが、初め北朝鮮軍が圧倒的に優勢で、韓国・国連軍は釜山 (プサン) 付近に追いつめられる。
- 1950年9月
- 国連軍は仁川 (じんせん) 上陸に成功して反攻開始。
38度線を突破して北鮮軍を豆満江 (朝鮮半島と中国、ロシアの国境) 付近まで押し戻す。
- 1950年11月
- 突然中国は人民義勇軍を送って北朝鮮を援助。
- 1951年春
- 中国・北朝鮮軍は38度線まで奪回。
- 国連軍最高司令官マッカーサーは、日本から朝鮮半島に回した米軍の穴を埋めるため、日本の吉田茂首相に7万5000人の警察予備隊の創設を命令(→のち自衛隊に発展)。
また、以下の強硬策を主張。
- 国境を越えて中国を攻撃すべき。
- 原爆使用。
- 中国国民党政府軍を投入。
- 1951年4月
- トルーマン米大統領、マッカーサー総司令官を解任、リッジウェーに代える。
- 1951年7月
- ソ連国連代表マリクの提案を機に停戦。
- 1953年7月27日
- 板門店 (はんもんてん) で休戦協定が成立。北緯38度線に沿った軍事境界線が設定された。
- 金日成はその後、南朝鮮労働党系や延安派の幹部を排除して、「自力更生」路線を確立。
対外的に非同盟路線の推進により国際的地位は急速に高まった。
- 1953
- 朴憲永らを排除。
- 1956
- 延安派の崔昌益らを粛清。
以後、金日成は一貫して同国の最高指導者としての地位を保持。
- 1960年代 中ソ論争
- 中ソ論争以降、「自力更生」を標榜。
- 1970年代
- 「チュチェ (主体) 思想」を唱道。
- 1972年7月4日 7・4南北共同声明
- 南北両国が秘密接触を繰り返し、両国で共同発表。
- 自主 (外国勢力に依存せず)
- 平和 (武力を行使せず)
- 民族大団結
の3原則を確認。
これを機に南北朝鮮の対話が始まる。
- 1972年12月
- 新憲法を制定。金日成は「国家主席」に就任。
国家活動の全分野で自主・自立・自衛の革命路線を貫徹する社会主義工業国への転換をはかった。
またこの年、「南北共同声明」を発表、南北朝鮮の対話が始まる。
- 1970年代後半
- 非同盟運動の分裂傾向、対外債務の膨張による経済の行詰りなどで伸び悩む。
- 1980年〜
- 前妻の子の金正日 (キム・ジョンイル) を後継者とする「代をついだ革命」の方向を取る。
- 1983年10月
- ビルマ (現ミャンマー) の首都ラングーン (現ヤンゴン) で北朝鮮工作員の手によると見られる爆弾テロで、韓国閣僚ら多数死亡。韓国の全斗カン大統領は難を逃れる。
- 1990
- 東西冷戦体制の融解に伴い、初の南北の首相会談が実現。
- 1991
- 南北同時に国連に加盟。
- 1991年12月
- 第5回南北首脳会談の結果、「南北基本合意書」が調印される。
- 1994年前半
- 核兵器開発疑惑が浮上。
これに反発した北朝鮮は、国際原子力機関 (IAEA) を脱退。
- 1994年6月
- カーター元米大統領が訪朝した結果、南北首脳会談開催で合意。
しかし7月の金日成主席の死去で頓挫。
- 核開発問題は、米国主導で朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の構想が実現に向かう。
- 1995年8月
- 大洪水。
- 1995〜98 最悪期
- 自然災害や、ソ連・東欧の社会主義体制の崩壊の影響で、経済は落ち込む。
この間、餓死や病死、国外流出などで、総人口2392万人 (1995) のうち250〜300万人の人口減 (韓国筋、1999年4月)。
- 1997年10月
- 金正日 (キム・ジョンイル) 、朝鮮労働党総書記に就任。
- 1999
- 5年ぶりに発表された国家予算は規模が半減。
- 2000年6月 南北首脳会談実現
- 金正日総書記は、韓国の金大中 (キム・デジュン) 大統領と会談、南北統一への協議を含む南北共同宣言に合意。
この会談では、日頃ヴェールに隠された金総書記の予想以上に闊達な外交巧者ぶりが世界に放映され、イメージを一変させた。
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