インド最古の統一帝国。漢訳仏典では「孔雀王朝」。
前6世紀以来ガンジス流域で発達した古代国家(十六大国参照)の完成であり、巨大な軍隊と整備された行政組織を持った専制君主国家。
〔時代〕 前317頃〜前183頃
〔地域〕 北インドを中心に、最盛期は最南端を除く全インド
〔首都〕 パータリプトラ
〔特色〕 最初のインド統一国家/古代インド世界の完成/仏教理念による統治
〔名君〕 チャンドラグプタ、アショーカ
〔経済〕 農耕経済
〔文化〕 仏塔(サールナート、サーンチー)や柱頭(サールナート)など
- 326 BC
- アレクサンドロス大王の西北インド侵入。
- c.317 BC
- マガダ国にチャンドラグプタ (Chandragupta) が登場、宰相カウティリヤの補佐を得て、ナンダ朝王朝を滅ぼし、パータリプトラ(華氏城)(今のパトナ付近)を都として新王朝を開く。
- c.317−296 BC チャンドラグプタ
- 強大な軍隊と官僚組織で富国強兵策を推進。南インドにも勢力を広げる。
- c.305 BC
- チャンドラグプタはセレウコス朝を破り、アフガニスタン南部を割譲させる。
当時のマウリヤ朝社会のことは、セレウコス朝の使節としてパータリプトラを訪れたメガステネスの『インド誌』に詳しい。
- その子ビンドゥサーラ (Bindusara) は25年の統治。
- c.268−232 BC その子第3代アショーカ (Asoka)
- 王朝の最盛期。
前259年頃、南東インドのカリンガ国 (現オリッサ州海岸地方) を征服し、安定した支配を確立。
その後仏教に帰依、仏教の「法 (ダルマ=人間の普遍的倫理) 」による政治を心がけ、絶頂期を現出。
また第3回結集 (けつじゅう) (仏典の編纂会議)を行い、パーリ語で編纂(1)。これはスリランカを経由して上座部仏教の基礎となったといわれる。
- アショーカ王の時代に最大版図を実現、南端を除く全インドとアフガニスタン南半を領有。
北: カーブル、タクシャシラー (現タクシラ) を含む
西: インダス川流域まで
南: カリンガを越え、カーンチーに迫る
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<政治>
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<社会>
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地縁・血縁関係を通じて実現される優れた政治支配。
- 強大な軍事力
- 豊富な経済力
- 整備された支配機構……官僚制による中央集権的支配。但し領地を有する地方豪族も併存。
アショーカ王の時代には王族が直接重要都市に派遣され、重要な役職を占めた。
地方では「徴税司法官 (rajjuka) 」が力を持った。
- 仏教理念の活用……アショーカ王即位第13年に「教法大官 (ダルママハーマートヤ dharmamahamatya ) 」が置かれ、「ダルマ (法) 」による政治を強調。
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- バラモン (僧侶)階級、貧しい自営農民、ブリタカ (小作農)、奴隷などが存在。
- 王家は土地を強力に支配。凶作に備えた食糧庫も作らせた。
- 都市は主に遠隔地貿易と金融業で栄える。商工業者は「ナイガマ」と呼ばれる共同体を作った。
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<経済>
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<文化>
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- 国家の経済は農民からの年貢が主体。
- 王家は土地を強力に支配。凶作に備えた食糧庫も作らせた。
- 都市では貨幣が流通し始める。商工業組合「ナイガマ」も貨幣発行権を持っていた。
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建築、美術が進歩。
特に仏教美術が盛ん。
仏塔
柱頭……サールナートの4頭の背中合わせの獅子が名高い。
他にアショーカ王の石柱など仏教遺跡が残る。
また、小アジアやギリシアとの文化交流が行われた。
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- アショーカの死後、カリンガやタキシラ地方が独立。
- その後、文献には6人の王が記されているが、ダシャタラ王以外は全く知られていない。
- c.183 BC
- 最後の王が将軍プシャミトラ (シュンガ朝始祖) に殺されて滅びる。
註
1. 但し第3回結集のエピソードはスリランカにしか伝わっておらず、その歴史性には疑問があるとされる。
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