= ルネサンス期イタリアの徒花:傭兵隊長 =
ルネサンス時代のイタリアは華やかな文化に目を奪われがちだが、政治的には全く分裂しており、群小の都市国家群が箱庭のような狭い領土を巡って、絶え間なく争いを繰り返していた。
そのため、兵士の調達から訓練、戦略、戦術、実際の戦闘から兵士の労働条件や賃金の交渉の代行まで一気に引き受ける、"戦争屋"のような商売が現れた。これが傭兵隊長という職業だ。原語コンドッティエーレは「契約者」という意味である。
傭兵隊長は最初、戦闘のたびに兵士を集めては解散させていたが、効率の観点から、平時でも実戦に慣れた兵士を雇っておくことにした。しかし都市や諸侯は賃金を払ってくれないから、自腹である。部下の兵士たちは自己資金で食わせている「私兵」ということになる。
そうなると、傭兵隊長は自分の財産である兵士たちを戦闘で失いたくはない。そこで戦闘に非常に慎重になり、いざ戦場に出ても睨み合うだけで敵軍傭兵の契約期間切れを待ったり、ひどい場合には敵傭兵と示し合わせて八百長戦争をしたりした。
そうした打算と戦略に長けた傭兵隊長たちの中でも、最も野心に満ちたのがフランチェスコ・スフォルツァーだった。
スフォルツァー家はロマーニャの農民出身のどこの馬の骨ともつかない家系だが、ジャコムッツォ [ムーツィオ] ・アッテンドロ・スフォルツァー (1369〜1424) は優れた才覚でナポリ公国で武勲を挙げ、イタリア最高の傭兵隊長にのし上がり、「スフォルツァ (威服者)」の称号を得た。
その息子がフランチェスコで、ミラノ公国というイタリア有数の大国家をまんまと乗っ取ってしまったのである。
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