プラティハーラ朝
Pratihara  c.816〜1019
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 中世西インドに栄えた王朝。「パリハール朝」とも。

 ラージプート族が建てた最初の王朝で、ラージプート諸国の中では最初に強盛になる。
 「プラティハーラ(パリハール)」の名称は「門番」「侍従」を意味し、先祖がその仕事に就いていたことを暗示する。

 グルジャラ族ラージプートの一部族)の王ハリチャンドラと、クシャトリア出身の妃バドラの間に生まれた王子が、この王朝の始祖となる。

817
 ラージャスターンに建国

830
 ヴァルダーナ朝崩壊後の混乱の最中にあったガンジス流域に侵入し、カナウジを奪う。

840頃〜890頃  ボージャ1世パリハール (ミヒラボージャ)
 最も有名な君主。
 カナウジに都し、カティアワル半島、ガンジス流域西〜中部など、北インドの大半を支配。

9世紀後半
 東方に勢力を伸ばそうとしたイスラム帝国を阻止し、むしろ親近関係を結ばせた。

マヘンドラパーラ
 引き続き勢力を維持。
 ガンジス中流域を中核に、西のシンド、東のパーラ朝を除く北インドに君臨。

 その後もパーラ朝、及びデカン高原のラーシュトラクータ朝の2王朝と攻防を繰り返す。

10世紀半ば以降
 諸勢力が独立して衰える。

1018
 ガズニ朝の侵入を受けて滅亡。
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©1998 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1998/08/31

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