プトレマイオス朝
Ptolemaios [希]Ptolemaios [羅]   前332〜(前305)〜前30年
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 紀元世紀のヘレニズム時代にエジプトを支配したマケドニア/ギリシア系の王朝。
 プトレマイオス1世、2世、3世時代に拡大発展を遂げ、東地中海に進出、前3世紀後半には小アジア,シリアにも勢力を伸ばし、経済利益を一手に握って繁栄するが、以後紛争・内乱に悩まされ、海外領土も徐々に失い、クレオパトラ7世とその子カエサリオンの時代にローマに滅ぼされ、属州となった。


〔時代〕 前4世紀後半〜1世紀
〔地域〕 エジプト
〔首都〕 アレクサンドリア
〔特色〕 古代エジプトと古代ギリシア=ヘレニズム世界を結び、ローマ帝国成立の下地ともなる
〔名君〕 プトレマイオス1世ソーテール(救済王)
〔経済〕 製紙、製油、織布、鉱業など
〔文化〕 アレクサンドリアの大図書館、学術研究所(ムセイオン)などが建てられ、ヘレニズム文化の中心的役割を果たす。

332 BC
 マケドニアのアレクサンドロス大王、エジプトを征服 → ギリシア化の開始

323 BC  
 アレクサンドロス大王、バビロニアで突然病死。
 大王の部将プトレマイオス (367頃〜283 BC) は、前任者クレオメネスを追い、自ら太守(総督)としてエジプトに赴任。

304 BC  
 プトレマイオス、正式に「王」を称する。

304−283 BC  プトレマイオス1世ソーテール (救済王)
 エジプト、リビアを確保し、小アジア、エーゲ海の島々など東地中海地域にも進出。
 また、アレクサンドリアを首都として、セラピス神殿、図書館、ムセイオン(王立学士院)を建て、学者を保護して文芸重視のギリシア化政策をとった。国王自ら『アレクサンドロス伝』を執筆。
 さらに経済を国家の強力な統制の下に置く。

 古代エジプト以来の神権的な国家統治機構を受け継ぎつつ、これを論理一貫性の通ったギリシア的精神で効果的に運営。
 ギリシア特有のポリス (都市国家) 制はアレクサンドリア市、プトレマイオス市、ナウクラティス市で花開いたが、これ以上の都市建設は行われず。
 経済の国家独占は強力に推進された。貨幣流通・銀行業務はおろか、狩猟・漁労、家畜家禽類の飼育、果ては公共浴場に至るまで国家の統制下に置かれた。王家は製油、製紙、織布、鉱業その他を独占、自ら交易に従事した。
 土地も全て王家に属すると考えらた。ただ下賜地として、軍事奉仕をしたものに軍事賦田地が、高級官吏に恩賜地が、神殿には同領地が与えられた。私有地はまだ萌芽状態。
 そのため王家は対外積極進出を続ける帝国主義政策を実施、莫大な官僚と軍隊を養った。

 一方、一般農民は事実上農奴の地位にあり、生活は悲惨だった。

301 BC  イプソスの戦い  
 マケドニア総督カッサンドロス、トラキア王リュシマコス、シリア総督セレウコスと結んで、アレクサンドロス大王の「世界帝国」理念を継承しようとしたフリュギア総督アンティゴノスを敗死させる。

289/288 BC
 王子プトレマイオス (のちのプトレマイオス2世)、トラキア王リュシマコスの娘アルシノエ1世と結婚。

285 BC
 プトレマイオス1世、王子プトレマイオスを「プトレマイオス2世」として共同統治者に。

285−246 BC  プトレマイオス2世フィラデルフォス (姉弟愛王)
 プトレマイオス1世の子。
 効率的な官僚制度・税制など強力な集権的経済機構を組織し、重要産業を独占。
 東アフリカ、南アラビアの通商路を確保し、またギリシア植民を受け入れる。
 図書館、ムセイオン(学術研究所)等学術施設の建設を進め、学者・文人を集めてヘレニズム文化が開花させる一方、国王崇拝を強化。

283 BC
 プトレマイオス1世死去 → 王権はプトレマイオス2世へ移る。

276/275 BC
 姉アルシノエ2世と再婚し、そのエーゲ海の所領を王国領土に加える。

276頃〜271 BC  第1次シリア戦争
 東地中海の勢力、特にコエレ、シリア、西キリキアの領有巡り、セレウコス朝シリアと衝突。
 戦争の結果、シリア、小アジア方面にもに勢力を確保。

266〜261 BC
 マケドニアと戦う。

260〜253 BC  第2次シリア戦争

246−221 BC  プトレマイオス3世エウエルゲテス (善行王)
 プトレマイオス2世とアルシノエ1世の子。
 キュレネのベレニケ2世と結婚、同島を併合し、版図は最大に。
 引き続きアレクサンドリアの学芸を奨励。

246〜241 BC  第3次シリア戦争
 シリア、小アジアの主要都市を獲得。

219〜216 BC  第4次シリア戦争

217 BC  ラフィアの戦い
 プトレマイオス4世は、シリア王国のアンティオコス3世 (大王) (位223-187BC) との戦いで土民を組織して戦勝を得る。
 これを転機に土民の民族的な自覚が高まり、執拗な独立運動に悩まされるようになる。

 次第にギリシア人の特権的な地位は後退し、土着民懐柔策が取られるようになる。
 これと共にギリシアとエジプトの民族的混合が進む。

204−181 BC  プトレマイオス5世
 キプロス島以外の全ての海外領土失う。

202〜200 BC  第5次シリア戦争

200 BC  パネイオンの戦い
 スコパス率いるエジプト軍は、シリア王国のアンティオコス3世 (大王) 軍に敗れる。

これ以後王朝は内紛・内乱により振るわず。

170頃〜168 BC  第6次シリア戦争

168 BC
 これ以降、ローマの干渉が激しくなる。

  プトレマイオス12世アウレテス

51 BC
 クレオパトラ7世が弟プトレマイオス13世と共同統治者に。

49 BC  
 弟プトレマイオス13世に王位を追われる。

48-47 BC  
 クレオパトラ、カエサルの助けで王位を回復。
 その際、アレクサンドリアの大図書館は焼失。

41 BC
 クレオパトラはアントニウスと結婚、2子をもうく。

前31年9月2日  アクティウムの戦い
 エジプト海軍敗北

30 BC
 オクタウィアヌスのエジプト入城。クレオパトラは自殺。
 プトレマイオス朝は滅亡し、エジプトはローマ領に加えられる。
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