セルビア人
Srbija [セルビア] / Serbia [英]
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 インド=ヨーロッパ語族スラヴ語派に属する民族。
 接尾語 -ia を除いて「セルブ」「ソルブ」「ソラビ」「スポリ」などとも呼ばれた。セルビア語では「スルビア (Srbija) 」と自称。

 言語はスラヴ語派の南スラヴ群に属する。

西方群
  • チェック語=スロヴァキア語
  • その他

南方群
  • スロヴェニア語……スロヴェニア人の言語。
  • ブルガリア語
  • マケドニア語
  • セルボ=クロアティア語……セルビア人、クロアティア人の言語。マケドニア語も極めて近い。

 このように、セルビア人は、系統的にも言語的にもクロアティア人と極めて近縁だが、文化的には次のように対照的で、両民族はよく対立する。

  • セルビア人……ギリシア正教、キリール文字、中央集権主義。経済開発が遅れている。
  • クロアティア人……ローマ・カトリック、ラテン文字、地方分権主義。経済的に進んでいる。

 セルビア人の大部分はセルビア正教会の信徒。伝統的風習を尊び、北方山地のザドルーガ制は有名。

古代
 プリニウス、プトレマイオスに「セルビ」 (=語根Serb+複数語尾i) と記録された民族が、「クロアート」 (=クロアティア人) と共にエルベ川中流に居住。
 この原族の系統は不明。

6世紀初
 スラヴ化したセルビア人、カルパティア山脈東麓からバルカン半島北西に移動、そこからクロアティア人と共に南下し、ローマ帝国領イリュリアへ到達。

9世紀初
 ギリシア正教とビザンツ文化を吸収、公国を建設。

 その後、ビザンツ帝国、ブルガリア帝国など近隣諸国と興亡を繰り返し……

12〜14世紀
 セルビア王国を形成し、繁栄。

13世紀
 キリール文字を用いるセルビア語が成立。

14世紀
 ステヴァン・ドゥシャン治下、セルビア王国の絶頂期。
 しかし間もなくオスマン朝トルコ帝国の侵略が始まる。

1389  コソヴォの戦い
 バルカン諸侯連合軍がオスマン・トルコに惨敗。

1459〜1830
 オスマン朝に隷属。しばしば反抗も起こした。

1878  ベルリン条約
 セルビア王国成立。

1914
 セルビア人テロリスト (青年ボスニア党員) がボスニアの首都サライェヴォでオーストリア皇太子を射殺、第1次世界大戦のきっかけを作る。

1918
 他の南スラヴ諸族と合同、「セルブ=クロアート=スロヴェーン王国」 (後のユーゴスラヴィア連邦) を形成、その中心的役割を担う。

1941
 ナチス・ドイツの占領。

1945
 共産党書記長チトー率いるパルチザンによる解放、ユーゴスラヴィア連邦の成立。

1980
 チトー大統領死去。

1991年6月
 クロアティアとスロヴェニアが独立を宣言。
 セルビア共和国は、近隣国にも多く居住する同胞に味方して、ユーゴ内戦開始。

1992
 セルビア共和国とモンテネグロ共和国は2国だけで新たにユーゴスラヴィア連邦を結成(新ユーゴスラヴィア連邦)。

1992〜1995  ボスニア紛争
 犠牲者25万人以上。

1998〜1999  コソヴォ紛争
 1998年2月、ユーゴスラヴィア連邦セルビア共和国のミロシェビッチ政権は、アルバニア系住民の「コソヴォ解放軍」に対し徹底弾圧を開始。
 1999年3月、NATO軍は弾圧阻止のためユーゴ空爆を強行。
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更新日:2002/12/31

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