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19世紀前半にパンジャーブ地方を支配したシーク教徒の国家。
- 19世紀初め
- ランジート・シング、パンジャーブ地方に根強かったシーク教勢力を、ラホール中心に統一。
洋式軍隊を編成、強盛を誇る。
- 1838〜1842 第1次アフガン戦争
- イギリス軍の領内通過を拒否するほどの勢いを示す。
しかし、北西インドへの野心を抱いたイギリスは、第1次アフガン戦争の結果アフガニスタンを勢力下に置き、南方のシンドも保護領とし、パンジャーブを三方から囲んだ。
しかも……
- 1839
- ランジート・シング死亡 → 内部対立表面化。
この状況につけ込んだイギリスは、シーク教国を挑発、シーク戦争を起こす。
- 1845〜46 第1次シーク戦争
- パンジャブの東半分をイギリスに奪われる。
- 1848〜49 第2次シーク戦争
- 全パンジャブが英領になり、シーク教国は滅ぶ。
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