ウイグル
Uighur  回鶻  744〜 
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 突厥 (とっけつ、Turk) 帝国崩壊後、モンゴル〜東トゥルキスタンを支配したトルコ系民族で、鉄勒 (オグズ) 諸部族の一つ。
 漢字で「回鶻 (廻ム) (かいこつ) 」、「畏兀児 (維吾爾) (ウイグル) 」などと書かれる。

 彼らの築いた帝国は100年程で崩壊したが、その後も地方政権として命脈を保ち、現在までその民族名を保持している。

〔最盛期〕 744〜840
〔地域〕 モンゴル高原 → トルキスタンへ移動
〔略史〕 安史の乱で唐を助けて全盛期。キルギスに散らされる。
〔後継王朝〕 カラハン朝、高昌ウイグル汗国、甘沙州ウイグル汗国
〔経済〕 のち商業民族としてモンゴル統治下の中国 (元) で活躍。
〔宗教〕 古代には仏教・マニ教、その後イスラム化。 〔文化〕 ウイグル文字


5世紀以前
 モンゴル高原、外蒙古のセレンガ川上流域に興る。

6〜7世紀
 オルホン川、トラ川流域で東突厥の支配下で暮らす。

8世紀前半
 興隆の兆しを見せる。

744
 九姓鉄勒 (トクズ・オグズ Toquz Oguz) の一部族、ウイグル部のヤグラカル氏出身の懐仁可汗が、九姓鉄勒その他周辺部族を統一、突厥に代わって漠北 (ゴビ砂漠北部) 一帯を支配する大帝国を建設、「九姓可汗」と称する。

744〜840  古代ウイグル帝国

744〜795  ヤグラカル朝

744−747  初代可汗 九姓可汗 クトルク・ビルゲ・キュル・カガン(懐仁可汗)

745
 カルルーク族と協力して突厥を滅ぼし、モンゴル〜トルキスタンの広大な地域を支配下に。
 オルホン河畔に都する。

747−759  第2代 葛勒可汗 テングリデ・ボルミシュ・イル・イトミシュ・ビルゲ・カガン(英武威遠可汗)

755〜763  安史の乱
 吐蕃 (ティベット) と共に援軍を送って唐を助け、その功績で強盛に。

759−779  第3代 牟羽可汗 テングリデ・クト・ボルミシュ・イル・トゥトミシュ・アルプ・キュルグ・ビルゲ・カガン(英義建功可汗)

763
 東都洛陽の回復を機会に、牟羽カガン以下がマニ教に帰依する。
 これ以降、胡人 (=イラン、ソグド系) の文化が流入。

 繁栄を極め、吐蕃 (とばん) と並んで唐を脅かす。

780−789  第4代 長寿天親可汗 アルプ・クトルク・ビルゲ・カガン(武義成功可汗)

789−790  第5代 忠貞可汗 テングリデ・ボルミシュ・キュルグ・ビルゲ・カガン(伴官特勤可汗)

790−795  第6代 奉誠可汗 クトルク・ビルゲ・カガン(骨咄禄毘伽可汗)

795
 しかし、ヤグラカル氏の地位は確固としたものではなく、この年可汗位を、アティ (阿跌) 氏族出身の Il ügäsi (骨咄禄将軍) に譲る。 → これが懐信可汗。

795〜840  エディズ朝

795−805  第7代 懐信可汗 テングリデ・ウルク・ボルミシュ・アルプ・クトルク・キュルグ・ビルゲ・カガン (樹ブク・ハン)
 ウイグル古王国の最盛期。中央アジアを支配下に。
 西: シル・ダリヤ、アム・ダリヤ両河まで
 : 高昌まで
 またティベットに進出して吐蕃と対立。

 また、独自の「ウイグル文字」を用いた。
 イラン系のソグド文字から生まれたと言われ、古代テュルク語を記録。
 この頃は右から左への横書きだが、のち左から右への縦書きとなる。

 その後内乱が続き、数代で国勢は衰える。

805−821  第8代 保義可汗 アイ・テングリデ・クト・ボルミシュ・アルプ・ビルゲ・カガン

821−823  第9代 崇徳可汗 キュン・テングリデ・ウルク・ボルミシュ・クチュルク・ビルゲ・カガン

823−832  第10代 昭礼可汗 アイ・テングリデ・クト・ボルミシュ・アルプ・ビルゲ・カガン(曷薩特勤可汗)

832−839  第11代 彰信可汗 アイ・テングリデ・クト・ボルミシュ・アルプ・キュルグ・ビルゲ・カガン(相特勤可汗/胡特勤可汗)

839−840  第12代 **特勤可汗

840  ウイグル古王国の滅亡
 天災、ハン位継承の内紛に加え、北西よりキルギス人が侵入。
 王庭は焼かれ、王国は滅亡、部族は四散。

  • 十万余人 → タリム盆地に逃れ、唐や契丹に服属。
  • ヤグラカル氏率いる一派 → 中国の辺境・伊州へ逃亡。間もなく甘州・沙州をも占領、「甘沙州ウイグル」(河西回鶻/新回鶻とも)を建国。1026年にティベット系タングート族の西夏に併合される。
  • 王族エディズ (アティ)氏一派 → トルキスタン方面へ西走、トゥルファン盆地の要衝ビシュバリク (北庭) (現グチェン) に権力を確立 (「西ウイグル国」または「高昌ウイグル王国」)。のち西遼の支配を受け、13世紀初めにモンゴル帝国に服属。

840〜12世紀前半  西ウイグル国 (高昌ウイグル王国、北庭朝)

 ビシュバリク (北庭) を首都にトルファン盆地を領有。
 この新ウイグル王国は「西州ウイグル」 (高昌回鶻、天山回鶻、西回鶻とも)と呼ばれ、イスラム文献では「トクズ (九姓) ・オグズ」「タグズグズ (Tughuzghuz)」、現ウイグル人には「イディクット・ハン国」と呼ばれる。
 東部天山山脈のオアシス都市を支配し、古代東イラン語派の先住民に代わり、農耕民としてこの一帯に定住。そのため東トルキスタンのトルコ (テュルク) 化が進む。

10世紀以降
 西ウイグル国のイスラム化が進む。

10世紀後半
 西ウイグル国の西部ベラサグン (現キルギスタンのトクマク付近) を支配していたアティ氏の一族 (ベラサグン侯) がイスラム教に帰依。

11世紀初め
 ベラサグン侯は、マニ教的・仏教的な西ウイグル国と対立し、独立してカラハン朝を建てる。
 西ウイグル国及びカラハン朝の繁栄の結果、現在に続く東西トルキスタンが成立。
 なお両国ではウイグル文字による古代ウイグル語文献が盛んに書かれる。代表的文学はカラハン朝の詩人ユスーフ・ハス・ハジップの『クタドグ・ビリク』(1069)で、最初のトルコ語文学と言われる。

12世紀前半
 東方から逃れてきた契丹人の西遼により、カラハン朝に続いて併合される。

13世紀初め
 モンゴル帝国に服属。
 ウイグル人は帝国に協力して優位な地位を得た。
 ウイグル文字は補囚のウイグル人学者タタトンアによってモンゴル人に伝えられ、チンギス・ハーン時代には公用文字となった (この頃は左から右への縦書き) 。これはのちモンゴル文字、満州文字へ発展。

13世紀後半
 ハイドゥの乱以降、ウイグル商人の権勢は衰える。

14〜17世紀
 この間、現代ウイグル (維吾爾、Uighur) 人の形成。
 古代ウイグル語と現代ウイグル語は直系の関係にはなく、民族の形成もその間に様々な混淆があったことを予想させる。

15世紀前半
 オイラートの支配下に。

17世紀
 ジュンガルやホショト部の支配下に。

清初 (17世紀)
 ウイグル族は「黄頭ウイグル」の名で東トルキスタンの地に遊牧。

1758〜1759  清の乾隆帝による「回部」 (=東トルキスタン) 征服
 東トルキスタンは「新疆」 (「新たなる領土」)と名付けられ、ウイグル族も清朝の支配に服す。

1912  辛亥革命
 イスラム教徒のウイグル族も独立を欲す。

1933
 「東トルキスタン・イスラム共和国」建国宣言。

1944
 「東トルキスタン共和国」建国宣言。

1949年10月  中華人民共和国の成立
 中国共産党、ウイグルを“平和解放”。

1955
 中国で2番目の自治区「新疆 (しんきょう) ウイグル自治区」となる。

 その後、漢族移住者の増大、改革・開放政策のもとでの経済格差の拡大、ソ連崩壊と中央アジアの隣接する民族国家の独立、イスラムの影響力などの要因により、チベット自治区 (1965年成立) と共に中国内で最も大きな民族問題を抱える。

1997
 独立派による大規模な暴動や爆弾テロが発生。

1999
 5月、国家分裂罪で10人が死刑に。

〔文化〕

  • 宗教……ほぼ全員がスンナ派イスラム教を信仰しているが、トルコ系祖先が信じた古代シャーマニズムの儀式の名残が見られる。例えば、現代ウイグル人の民族舞踊の一つ「サマ踊り(Sama Usuli)」はシャーマンの儀式由来するとされ、実際ウイグル南部には呪術師バックシが存在する。
  • 文学
    • カラハン朝の詩人ユスーフ・ハス・ハジップの『クタドグ・ビリク』(1069)←最初のトルコ語文学
    • マフムッド・カッシュガリ(11世紀)
    • アフマット・ユグナキ (13世紀)
    • ユスーフ・サッカキ (14世紀)
    • ルットフィ (15世紀)
    • ヒルキティ (17〜18世紀のウイグル古典文学の代表)
    • ゼリリ (同上)
    • ノビティ (同上)
  • 音楽……古代ウイグル音楽を継承する古典音楽「12ムカーム」を持つ。楽器の種類も豊富で、「12ムカーム」を演奏する楽器は十数種類も有る。
  • 舞踊……ウイグル人は音楽と踊りが好きなことで有名。次のような踊り(ウスーリ)がある。
    • セナーム・ウスーリ……最も一般的な自由な踊り。祭りや結婚式、パーティなどでよく踊られる。地方ごとに「カッシュガール・セナーミ」「イリ・セナーミ」「クチャ・セナーミ」等がある。
    • ドラーン・ウスーリ……楽曲「ドラーン・ムカーム」に合わせて踊る古い民間のダンス。ヤルカンド川流域のマキット、マラルベシ、ヤルカンド、アワット等の地域に広まる。
    • サマ・ウスーリ……シャーマニズム信仰から来た踊りと言われる。主にカシュガル、ヤルカンド方面に普及された踊りで、普通は男だけで踊る。
    • シャディヤナ……祭礼や大集会で踊る集団舞踊。
    • ナズリクム……これも祝賀や集会で人々が踊るものでトルファンのウイグル人の間に伝わる。
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更新日:1999/09/14, 12/26

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