早崎 隆志



「時間犯罪者が、惑星間核ミサイル発射装置を盗んで中生代の白亜紀末へ逃走した。 追ってくれ」
 隊長にこう命ぜられ、私と村上は、現代から6488万年前のローラシア大陸西南端---今のメキシコ、ユカタン半島の先端へと飛んだ。
 初夏の太陽がさんさんと照りつけたが、思ったほど蒸し暑くはない。 だが、この過ごしやすい環境はあと数時間しか続かない。 間もなくここには直径15キロメートルの彗星の核が落下し、直径180キロのクレーターが形成されるからだ。 この時の衝撃波と気候変動で、恐竜などの中生代の全生物種の75パーセント以上が死滅することになる。 だから我々も、彗星が墜ちてくる前に任務を終え、帰投しなければならない。
 幸い、到着後すぐに携帯レーダーに合金反応が現れ、我々は早くも犯人を追い詰めつつあった。 丘を登ると、眼下に広がる裸子植物の樹海の中に、ぽつんと赤い乗用車が停まっているのが見えた。 車のルーフ(天井)が開き、そこからミサイル・ランチャーが南東の空へ向けられていた。
 我々は慎重に近付いていった。 車の中の犯人は気付いていない。 かなり接近したところで、村上はスピーカーを通して叫んだ。
「我々は時間警察の者だ。投降しなさい」
 運転席の犯人がびくっとして振り返った。 髪の長い女だった。 私は彼女に見覚えがあった。
 絵麗奈(えれな)---よく笑い、よく喋る快活な娘。 澄んだ瞳の、私にとっては限りなく魅力的な女性。 白亜紀植物の研究が本職だったが、やがて自然保護運動に身を投じ、消息を絶った。 死んだとばかり思っていた。
「絵麗奈。 私だ。 川崎だ」 私はスピーカーで呼びかけた。 少なからず動揺していた。 「また会えて嬉しいよ。 けれど、こんな形で再会するとは思わなかった。 どうか、こっちへ来てくれないか。 話したいことが山ほどあるんだ」
 彼女も驚愕の目で私を見つめ、しばらくしてから口を開いた。
「突然あなたの前から姿を消してごめんなさい。 でもわたしは、これをやり遂げなければならないの。 わたしには中生代の生き物たちを守ってやる義務があるのよ」
「一体何を言ってるんだ」 私はやや焦りを感じながら叫んだ。 「中生代の生物は、あと数時間後の彗星の衝突で死に絶える。 それが歴史的事実だ」
「歴史的事実って何かしら? 現代の人間が勝手に決めたものでしょう? 聞いて。 わたしたちはこれから何が起きるか正確に知っているわ。 そしてそれを避ける手段も持ってるのよ。 そのわたしたちが、今から起ころうとしている地球史上最大の惨事を防ぐ努力をしないとしたら、それは罪だわ」
「だが、それは歴史改変に当たる!」
「確かに人類の進化に多少の支障が出るかも知れない。 恐竜という恐るべきライバルと共存しなければならなくなるかも知れないわ。 でも、そうして鍛えられた方が、今の堕落した人類よりはましな人類が生まれるんじゃない? ねえ、この時代の生き物たちがどんなに優しい心を持っているか、あなた知らないでしょう。 トリケラトプスの子育てを見たことがあって? 始祖鳥の親子の情愛の深さを知ってる? あの凶暴なティラノサウルスだって、普段は大人しくって、とてもいい子なのよ……」
 村上が、うんざりした顔で、脇から私に耳打ちした。 「君の彼女は狂ってる。 悪いが、任務遂行のためだ、一、二の三で射殺するぞ」
 私はうなずきながら、顔から血の気が引くのを感じた。
「よし。 一、二の三!」
 どうっ、と音がして、顔から草むらに倒れ込んだのは村上だった。 私の銃は村上の方を向いていた。
 絵麗奈は目を丸くして私を見つめた。
「もう二度と君を失いたくない」 私の声は、自分でも意外なほど静かだった。 「君はやりたいようにすればいい」
 絵麗奈はさっそく、迫り来る彗星核に向けてミサイルを発射した。
 一時間後、私たちは草原に並んで腰を下ろし、青空の一角に核爆発の閃光が輝くのを眺めた。
「あなた……」 絵麗奈は私に寄り添った。 「ここで、この時代の子供たちと一緒に二人で暮らしていきましょう……」
 私は黙って彼女を抱き寄せた。 彼女は陶然として全身の力を抜いた。 だが、私の腕の中で薄く目を開けた彼女の表情は、恐怖で凍り付いた。


「任務達成、ご苦労だったな」 隊長は、犬歯が乱雑に生え揃った大きな口を開けて、笑いながら言った。
「危ういところで彗星が地球軌道をそれてくれましたよ」 私はトゲのある尻尾を丸めてソファに座りながら答えた。
「ぶつかっていたら、今の我々はないからな……。ところで、あのニンゲンのメスはどうした?」
「いただきましたよ。 私の獲物ですからね」と答えながらも、私は口の中に再び唾液がたまってくるのを押さえることが出来なかった。 「うまかったなあ」
「うらやましいなあ」 隊長もよだれをだらだらと流し、がるると唸った。 「最近は保護団体の圧力でニンゲンが全面禁漁になって、もう生身のニンゲンを喰うことなんか、出来なくなっちまったものなあ」

(1992年頃)

前ページに戻るよ! ショートショート・メニューに戻るよ!


©1997 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1997/11/24

ご意見・ご希望きかせてね eden@tcat.ne.jp