早崎 隆志



「入りたまえ」
「失礼します」
 私は教授の研究室に入った。 カビくさい臭いがツンと鼻をつき、棚に置かれた黄色っぽい化石人骨が目に入った。 土器や青銅器のかけらが書きかけの書類と共に雑然と机の上に投げ出されており、その奥の、古文書が山と積まれた一角に、教授はいた。
 「やあ、よく来てくれたね」
 教授はペンを置いて顔を上げた。 相変わらず白衣をだらしなくはおり、無精ひげを伸ばして、人なつっこい笑顔を浮かべているが、その表情にはどこか困惑し、疲労したものがあった。
「君に来てもらったのはほかでもない、例の“ハーエス族”の研究を手伝ってもらいたいと思ったからなんだ。」
「ハーエス族?---つい最近実在が確認されて話題を呼んだ、あの有史以前の謎の民族のことですか?」
「そう---世界各地に分布する巨石建造物や、何万年も前の遺跡から見つかる歯車、電池、モーター、飛行機模型などの古代ハイテク技術を残した種族だ。 彼らの文明は、調べれば調べるほど謎が増える……」
 教授は立ち上がり、煙草に火をつける。---昔は吸わなかったはずだが……。
「まず、彼らの生存年代が古すぎる。 いろいろな年代測定法が一致して指し示す結果は、十万年前だ。 その頃現生人類はまだ誕生していないはずなのに……。 次に、彼らの文明の繁栄ぶりも異常だ。 遺跡の分布から見て、彼らは地球全域に広がっていたとしか考えられない。 南極にも遺跡があるし、他の天体に到達したという証拠もある。 だが最も奇妙なのは、彼らの滅亡の仕方だ。 これほど繁栄を誇ったハーエス族が、その絶頂期のある日、一夜にして一人残さず滅び去ってしまったのだよ」
「不思議な話ですねえ……」 息を詰めて聞いていた私は、大きくため息をついた。「でも、数理系の私にお手伝いできることなんてあるんですか?」
「これだよ」 教授は私の前にバサッと古文書の束を置いた。「訳してくれたまえ」
「訳せったって---」私は口をとがらして抗議を始めた。「私は言語学者じゃありませんよ……」
「言語学者じゃ歯が立たんよ」 教授はニヤリとした。「そいつはハーエス族が残した書物だ。 彼らの言語は現在の言語とは全く系統が違っている。 情報理論と暗号論の若きホープ、君に期待しとるよ」


 私が翻訳文を持って再び教授の研究室に駆け込んだのは、三週間後のことだった。
「教授、単刀直入に言いましょう」 私は震える声で言った。「ハーエス族には未来を予知する能力があったのです」
「何だって……」 教授は絶句した。
「彼らは詳細かつ確実に未来を予測したのです。 そしてそれを書物の形で大量に出版し、多くの人々に未来に関する情報を与えていたのです。 天災も社会変動も、数年前に予知し、心構えをしていました」
「自らの行く末を知っていた文明……」 衝撃のさめやらぬ表情で、教授はつぶやいた。「一体彼らはどんな世界観を持っていたのだろう……」
「けれど、一番不可解なのは、彼らは自分たちの滅亡をも明確に予知していたにも関わらず、滅亡を避ける努力が一切行われなかった点です。 滅亡日時の公表後も、彼らは普段と変わらぬにぎやかな生活を続けたのです」 「滅亡が避けられないものなら、せめてその日まで従来の生活習慣を守り通そう、という気持ちだったのかな」 教授は困惑を隠そうとはしなかった。「ともかく、彼らの物質文明同様、彼らの精神構造も我々とは全く異質だったと考えざるを得まい……ハーエス族とは不可思議千万だ」
 そう、まったく不可思議千万だ……私はハー(H)・エス(S)族---すなわちホモ・サピエンス族の残した未来予測の記録文献をちらりと眺めた。……『占星術入門』『手相のすべて』『よく当たる姓名判断』『世界の十大予言者』『ノストラダムス戦慄の大予言』……

(1992年頃)

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更新日:1997/11/24

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