早崎 隆志



 六月二十八日午後二時三十六分(世界時)、世界各国の主要都市の上空に突如、樽のような形をした物体が出現した。
 人々は最初、敵国の新兵器ではないかと騒ぎ、世界はあわや戦争寸前までいった。 しかし間もなく“樽”はワシントンにも、モスクワにも、北京にもピョンヤンにも浮かんでいることが明らかになり、各国は一致して“樽”を仕掛けた張本人を捜し始めた。
 “樽”はどんな天候でも各都市の上空八百メートルにぴたりと静止し、少しも動かなかった。 科学者たちは“樽”の材質を調べようと飛行機やヘリコプターを飛ばし、エックス線を当てたり表面温度を測定したりしたが、調べる旅に全く異なる値が出、科学者たちは頭をかかえた。 表面を削る試みも何回もなされたが、表面はおろか傷一つつけることが出来なかった。短気な軍人は何発もミサイルを撃ち込んだが効果はなく、中国は一つの都市の住民全員を疎開させ、“樽”に核攻撃を行ったが、その空中静止の位置をずらすことすら出来なかった。
 “樽”が出現してちょうど百日目に、ニューヨークの国連本部で開かれていた五回目の緊急安全保障理事会の出席メンバーの耳に、異様な“声”が伝わってきた。
『我々ハ別ノ宇宙カラ来タ者デアル。 我々ハ全宇宙ノ秩序ヲ守ル重要ナ職務ヲ遂行シテイタガ、我々ノ星ノ浄化作用ガ進ミ、職務完遂ニ不適当ナ環境トナッタタメ、新タナ候補地ガ検討サレタ。 ソノ結果、アナタ方ガ“地球”ト呼プコノ星ガ、我々ノ仕事ニ最適デアルコトガ分カッタ。 我々ハ地球ニ移住シ、ココヲ支配スル。 アナタ方ニハ拒否スル権利ハナイ』
 宇宙からの侵略だ!---会場はどよめいた。
「もし私たちがあなた方の要求を拒否したら、どうなりますか」 議長がおそるおそる、今の“声”を放送している“どこか”へ向けて質問した。
『コウナル』
 突然、大会議場のスクリーンに南太平洋の美しい島が映った。 次の瞬間、島は強烈な明るさの光球と化し、衝撃波のハレーションが幾重にも取り巻いた。 光球が巨大なキノコ雲に成長するまで、いくらもかからなかった。
 国連の会議場に、あちこちから連絡が入り始めた。 南ポリネシアの小さな島を中心として巨大地震が発生したこと、その島の住民と全く連絡が取れないこと、爆風のような強烈な気圧の変化がポリネシア一帯で観測されたこと、オーストラリア北岸、インドネシア、フィリピン、日本の四国・九州沿岸を大津波が洗いつつあること……。
 それとは別に、米ロはじめ世界各国の軍事衛星が一斉に通信途絶に陥り、戦略防衛システムが一切使いものにならなくなっている、との報告ももたらされた。
「わかった」 議長は震える声で言った。「地球人類の生命及び財産の安全を保障するなら、我々は世界に対する支配権をあなたたちに委ねよう」
『保障スル』 その“声”にはこころなしか冷笑するような調子が含まれていた。
 “樽”はゆっくり降下し、着陸した。そこから降りてきたのは、金棒を担いだ赤鬼や青鬼、彼らに率いられた骨と皮ばかりの亡者たち、そして地獄の帝王、閻魔大王だった。

(1985年頃?)

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©1997 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:1997/11/24

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