アルフォンソの呪い
早崎 隆志
背後では森が強風に吹かれてごうごうと不吉なうなりを発し、目の前には陰鬱な屋敷がそびえ立っていた。
日はとっぷり暮れていた。 風はますます強くなり、今夜は嵐になりそうだった。 この屋敷に泊めてもらうしかない。 しかし闇の中に浮かび上がった屋敷の正面は死者の顔のようで、異様な胸騒ぎを覚えてなかなか玄関に入れない。 えい!---意を決して踏み出した私は、消えかかった表札を見て一瞬息の止まる思いがした。---ここは“アルフォンソの屋敷”だ!
アルフォンソ伯爵は十八世紀中頃この地方を治めていた領主で、異常に残忍な性格で知られる。 子供の頃から、かわいがっていた猫の皮を剥いだり、なついていた猟犬を生きたまま解剖したりして、「異常人」と噂された。 成人して領主になると、さっそく年貢を三倍に増やし、払えぬ者を連行しては拷問して楽しんだ。 その拷問たるや、逆さ吊りにして目鼻から血を流させ、焼けた鉄串で手足を串刺しにすることに始まって、およそ考え得るありとあらゆる残酷な刑罰を試し尽くし、最後に意識の残っているうちに五体をばらばらにし、それを屋敷の周囲に戦利品のように飾った。
彼の残虐性は留まることを知らず、ある夜自分の妻と息子の目をえぐり、二人の眼球を相手の眼窩に入れ替えた。 さすがにこれには召使いたちも恐れを成して全員逃げだし、屋敷に一人取り残されたアルフォンソは神の怒りに触れ、落雷によって縦にまっぷたつに裂かれて死んだという。
しかし、彼の死後もその屋敷にはアルフォンソの怨霊が住みつき、今でもその屋敷に迷い込む者を呪い殺すと言われている。
私は幽霊とか超能力とかいうものを信じないたちだが、さすがにこの時は背筋に冷たいものを感じた。
「どなたかいらっしゃいますか」 おそるおそる玄関の扉を開けながら声をかけた。
その時、二階からフフッという笑い声のようなものが聞こえた。 幻聴だろうか?
近くにあった古いロウソクにライターで火をつけた。
ロウソクの光に照らされて、一瞬、肉が腐って半ばはげ落ちた恐ろしい形相の男の顔が目の前に浮かび上がった。
幻だ、神経が過敏になっているせいでありもしない物が見えているんだ---自分に必死に言い聞かせながら、震える手で階段の手すりをつかみ、段をきしませながら昇り始めた。 顔には埃と蜘蛛の巣がまとわりつくが、それ以外に耳元で他人の息づかいが感じられる。 私は歩みを止めた。 階段のきしみは、私が止まってからもなお二、三段、ギィ、ギィと昇ってから止まった。
目を上げると、二階の右から二番目の部屋からロウソクの薄明かりが漏れていた。 私は操られるようにその部屋の前まで来た。
ドアがひとりでに開いた。 中では十八世紀風のスペイン貴族の服を着た男が一人で食事をしていた。 彼は何回もスプーンでスープを口まで運ぶが、口に入れたはずのスープは皆あごから床にこぼれてしまう。
「食べられないよ」 彼はゆっくりとこちらを向いた。「食事が食べられないよ」
彼は頭のてっぺんから股間まで、真っ二つに裂けていた。 裂け目は大部分黒こげになっているが、所々は真っ赤な肉や内蔵が露出していた。
アルフォンソは左右ばらばらに立ち上がった。 両半身はそれぞれ別々に一本足でぴょこぴょこ跳ねて、私の両側へ来た。 右と左のアルフォンソは左右から私の両腕をつかんだ。
私はしばらくは何も考えることが出来なかった。 だが次の瞬間には体中が恐怖となって炸裂した。
私はアルフォンソを振りほどいて部屋の外へ飛び出した。 大広間の天井からは何十という死体がぶら下がっていた。 半分くらいは五体バラバラで、手足のちゃんとついている死体でも眼球や内蔵が腐って流れ出し、無数の蛆でぬめぬめと光っていた。 それらはゆっくりと右から左へ、左から右へ、また右から左へ……と揺れていた。 私は絶叫した。
階段を駆け下りる途中で何かを踏みつぶし、足を滑らせて下まで転倒した。 周囲に転がっているたくさんの小さな丸いものを見ると、それらは全部眼球だった。
「自分の目と取り替えてごらん」 そばで声がした。 右のアルフォンソが血の滴るナイフを握り、にたにた笑いながら立っていた。
幻覚だ!---私は妄想をかき消そうとアルフォンソにつかみかかった。 彼はナイフを振り下ろした。 激痛が走り、手を引っ込めると、私の右手の指三本が飛ばされていた。
今度こそ私は取り乱した。 恐怖の余り前も見ずに玄関に向かって走った。 しかし玄関に到達する直前に、空中を飛んできた真っ赤に焼けた鉄串が両腕の肉を削ぎ落とした。 激痛の余り、私は床を転げ回った。 恐怖と苦痛の最中、ふと心が静まった。 天井から落ちてくるシャンデリアを見ながら、私はなぜ殺されなければならないのだろうと考えた。 猛烈に腹が立ってきた。
次の瞬間、打撃と共に暗黒がやってきた。
私は今、霊界にいる。 そして、自分の死の無念さゆえ怨霊になっている。 私以外にも「アルフォンソの呪い」のために殺され怨霊になった者の数は多い。
私たちは今、アルフォンソの霊を取り囲んでいる。
「やい、アルフォンソ、貴様は我々に何の恨みがあったんだ」
「なぜ我々は見も知らぬ貴様に殺されなければならなかったんだ」
「たかが呪縛霊のくせに。生前の悪事だけで満足できないのか」
「よくも我々の幸福を奪ったな」
私たちはアルフォンソにじりじりと詰め寄った。 アルフォンソの霊はぶるぶる震えながら後ずさった。
私たちは今や奴と完全に同じ次元の存在なのだ。 私たちは一斉に奴に呪いをかけた。 アルフォンソは悲鳴を上げて霊界中を飛び回った。 奴はこれから永遠に私たちが受けた以上の恐怖と苦痛を味わうだろう。 しかも、怨霊は発狂することも死ぬこともできないのだ。
(1985年頃?)

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更新日:1997/11/24
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