カセット製造会社BASFが主催していた音楽賞で、1996年まで続いた。 この賞は特に「ポップ・クレアティフ」という部門を作り出し、より欧米風でモダンなポップ・インドネシアの普及に極めて大きな役割を果たした。
1997年以降はHDX音楽大賞と一緒になり、「インドネシア音楽大賞 (AMI)」が生まれた。