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Kris Dayanti
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【クリス・ダヤンティ】 |
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[ポップ・シンガー]
インドネシア女性ポップス歌手の第一人者。抜群の歌唱力を誇る。
「Krisdayanti」と一続きに綴られることも多い。
姉ユニ・シャラーと共に美人姉妹歌手(しかも実力も兼ね備える)として知られる。
夫アナン (Anang) も有名な歌手で、デュエットも多い。
1975年3月24日、東ジャワ州マラン近郊バトゥの町に生まれた。
父は有名画廊に出品する画家で、家庭は文化的雰囲気に包まれていた。叔母にジャカルタの「ドゥファン (Dufan=Dunia Fantasi)」、つまりアンチョール海岸公園にある遊園地の話を聞いてからは、ドゥファンを訪れることだけが幼い彼女の唯一の望みとなった。
望みを果たした時、彼女はバトゥへ戻ることを拒否し、ジャカルタで新たな人生を歩み始めた。
1984年、9歳の時、メガロマン (Megaloman) のサントラの吹き替えをし、 15,000ルピアもらった。「その時のことはまだ覚えているわ。バジャイ (三輪タクシー) に乗ってパサール・バルー地区の小さいスタジオに行ったのよ」クリスは回想する。
最初の録音は12歳の中学生の時だった。「Burung-Burung Malam」というアルバムで、Gembala Recordsの制作で売り出されたが、売れ行きは良くなかった。
「あのレコーディングをしたのは、後でプロデューサーがチョコ・バーをくれると言ったからよ」クリスは笑いながら言う。
いずれにしても、最初のレコーディングは姉の歌手ユニ・シャラーより早かったことになる。
その後もクリスは高校時代を通じて歌合戦や美人コンテストなどに出場を繰り返す。
高校3年の時、同じ学校の先輩に当たるジェームス・F・スンダー (James F. Sundah) と出会う。これが一大転機となった。彼女は「ジェームズ・F・スンダー・コレクション」のために2曲をレコーディングした。
1991年にはカヴァー・ガール・コンテスト「Gadis Sampul」の最終審査に勝ち残り、それ以来撮影やショーで引っ張りだこになった。
間もなく名プロデューサー、Youngki Suwarnoの知遇を得て、1992年にフジテレビ系の若手タレント発掘番組「アジア・バグース!」に応募。
オーディションの間、他の参加者が華やかなドレスに身を包んでいる中、クリスはただ一人白いTシャツに黒いヴェスト、それにジーンズ姿だった。ステージに呼ばれた時はあわや泣き出すところだった。「でも、年相応の服を着たことで、私は彼らが描く理想像と一致した、ということのようね」クリスは回想する。
クリスは第1回グランド・チャンピオンの栄光を獲得した。
「アジア・バグース!」優勝者の彼女は、日本のポニー・キャニオンと契約し、中島みゆき作の「黄砂に吹かれて〜Lost in the Storm」 (オリジナルは工藤静香が歌った)の英語で歌ったシングルCDを作り、日本とシンガポールで売られたが、注目を集めることはなかった。
ポニー・キャニオンと契約が切れるのを待って、インドネシアで音楽活動を再開。急速に人気を高めていく。
同時に「シネトロン」と呼ばれるインドネシアのテレビ・メロドラマの女優として名声を高めてゆく。
1997年に民放インドシアールで放映された『Abad 21 (21世紀)』は視聴率ベスト10に入り、クリスが歌う主題歌も売れた。
また同1997年に東京・お台場で開かれた「アジア・バグース!」でも最優秀賞に選ばれた。
1998〜1999年にはインドネシア国内のテレビ局主催の数多くの賞を総なめしている。
今ではマルチ・タレントとして、月に15回のショーに出演し、無数のコマーシャルや撮影もこなす多忙な毎日を送っている。
好きな歌手はホイットニー・ヒューストンとマライア・キャリーと言うだけあって、彼女の歌唱もソウルフルだ。
アルバムの制作に当たっては、基本コンセプトから曲のアレンジ、フォト・デザインに至るまで自分で手を入れるという。近年のアルバムでは電気楽器の比率が増えている気がするが、ピアノやチェロといったアコースティックな楽器も好む。
1999年には念願の子供をもうけた。その頃、映画『タイタニック』が爆発的ヒットでロングランを記録しており、夫婦ともどもこの映画を気に入っていたので、生まれた息子にも「Titanik(ティタニック)」という名を付けたそうだ。
ソロでは次のような曲がある。
- Menghitung Hari (月日を数えて) (曲:メリー・グスロウ) ……数あるクリスのヒット曲の中でも、必聴の名バラード。裏でヴォーカルをつとめているのがメリー。
- Do'a (祈り) (曲:Embi C. Noer) ……クリスは1999年1月に放映されたイスラム色の濃い連続テレビ・ドラマ(シネトロン)『Doaku Harapanku』に主演し、ここでも絶賛を浴びた。その主題歌であるこの曲も大ヒット。
- Ku Tak Sanggup (曲:クリス・ダヤンティ/Ari Bias)
- Terserah (曲:インドラ・ルスマナ)
- Penantian
- Belum Juga Datang (まだ来もしない)
(曲:オッピー・アンダレスタ)
- Merasa (曲:メリー・グスロウ)
- Masih Ada Waktu (まだ時間はある) (曲:アナン/Alfin) ……シネトロン『Masih Ada Waktu』主題歌。
夫アナンとの夫唱婦随 (婦唱夫随か?) では、「
Cinta (愛)」が良く知られているが、二人の声が激しくヴィブラートするため、ユニゾンでも音がビリついている。
他に、
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Timang-timang (抱っこ) (曲:アナン)
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Demi Cinta (曲:アナン/Dhani A. Manaf/Alfin)
- Miliki Diriku (私だけのもの) (曲:アナン)
- Berartinya Dirimu (要するにあなただけ) (曲:アナン/Alfin)
- Hanya Tuhan (神のみが) (曲:アナン/Alfin)
など。
- Burung-Burung Malam (1987)……発売元:Gembala Records
- The Best of Cipta Pesona Bintang (1990)
- James F Sundah Collections (1990)
- Kris (シングル) (1990)……発売元:ポニー・キャニオン
- The Best of Asia Bagus (1992)……発売元:ポニー・キャニオン
- Terserah (1995)……発売元:Warner Musik Indonesia
- Hanya Tuhan (1996)……夫アナンとデュエットした宗教アルバム。ラマダン (断食月) 及びイドゥル・フィトリ (断食明け大祭) に合わせて制作された。発売元:Warner Musik Indonesia
- Cinta (1996)……夫アナンとのデュエット・アルバム。ヒット曲「Cinta(愛)」含む。インドネシアで70万枚の売上を記録。発売元:Warner Musik Indonesia
- Abad 21(シングル) (1997)……シネトロン主題歌。発売元:Warner Musik Indonesia
- Kasih (1997)……夫アナンとのデュエット・アルバム。発売元:Warner Musik Indonesia
- Buah Hati (1998)……夫アナンとのデュエット・アルバム。発売元:Warner Musik Indonesia
- KD Sayang (1998)……ヒット「Menghitung Hari(月日を数えて)」「Ku Tak Sanggup(あたし出来ない)」「Belum Juga Datang(まだ来ない)」「Merasa(感じる)」「Masih Ada Waktu(まだ時間はある)」含む。発売元:Warner Musik Indonesia
- Do'a(シングル) (1999)……シネトロン主題歌。発売元:Warner Musik Indonesia
- KD Menghitung Hari (1999)……発売元:Warner Musik Indonesia
- KD Mencintaimu (1999)……夫アナン以外にも多くのソング・ライターから曲を提供してもらったのが特徴。表題作のヒット「Mencintaimu(あなたを愛す)」(作:Bebi)の他、「Jangan Pergi(行かないで)」(作:Ari & Emil Bias作)、「Yang Kuman」(作:メリー・グスロウ)等が優れている。発売元:Warner Musik Indonesia
- Makin Aku Cinta (もっと好きになる) ……夫アナンとのデュエット・アルバム。
<ホームページURL>
http://www.krisdayanti.com (英語)
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