インドネシア・ポップス小事典
 
      Rinto Harahap  
    【リント・ハラハップ】  

[作曲家/歌手]

 ベテラン男性歌手・ソングライター。
 家族愛や生活苦といった一時代前のウェットな情感を歌い上げる歌謡曲を作り、1980年代インドネシア・ポップス界を風靡した。

 はじめ、チーピー・プロダクション (Ceepe Production) から歌手としてデビュー。
 この会社は、リント・ハラハップの他、ティティーク・プスパA・リヤント、それにクス・プルスのリーダー、トニー・クスウォヨ (Tony Koeswoyo) らを抱え、1960年代後半から1970年代前半のポップ・インドネシアを支えていた。

 その後、チャールズ・フタガルン (Charles Hutagalung) と一緒に「メルシーズ (The Mercys) 」というグループを作り、リントはそのヴォーカリストとして多くのヒットを生んだ。

 メルシーズが解散した後、リントはソングライターとして活躍するようになり、またレコード会社 Lolipop を設立、多くのスターを世に送り出した。

 今やリントはインドネシアを代表するソングライターであり、2000年までに400曲以上の歌を書いている。その多くがポップ・インドネシアのスタンダード名曲となっている。
 また、そのいくつかは、エディ・シリトンガ (Eddy Silitonga) 、 ディアナ・ナスティオン (Diana Nasution) 、 リタ・ブータル=ブータル (Rita Butar-butar) ヘティ・クス・エンダン (Hetty Koes Endang) クリスティネ・パンジャイタン (Christine Panjaitan) ベタリア・ソナタ (Betharia Sonata) イイス・スギアント (Iis Sugianto) など、他の歌手の代表曲とさえなっている。

 彼の書く曲は多くがスロー・テンポで長調の、のどかな感じの歌である。例え、その内容が悲しく、つらいものであっても、曲調はあまり変わらない。だが、悲くても微笑みながら歌うからこそ、リントの歌は、インドネシア大衆の心をつかんだのかも知れない。

 彼の娘シンディ・クラウディア・ハラハップは、「Aku Sayang Kamu (あなたが恋しい)」で成功した女性歌手で、そのアルバム「Rasa Cinta」 (1999) では、父の往年の名曲をアレンジし直し、再録音した。
 また、ユニ・シャラも、彼女のノスタルギア (懐メロ) ・アルバムで、リントの曲を好んで取り上げている。

= 主な作品 =

  • Aku Jatuh Cinta (恋におちて)
  • Benci Tapi Rindu (憎いけど恋しい)
  • Katakan Sejujurnya (正直に話して)
  • Rasa Cinta (愛情)
  • Rindu (恋し焦がれて)
  • Jangan Lemas Hatimu (心変わりしないで)
  • Biarlah Sendiri (一人にして) (1977)……歌手エディ・シリトンガの名声を確立した1977年のヒット。
  • Wulandari……最近 (1990年代後半) のヒット。
  • Berikan Dia Cinta (あの人が愛するに任せよ)
  • Ayah (お父さん)
  • Mama (ママ)
  • Gelas-gelas Kaca (ガラスのコップ)
  • Aku Milikmu (お前はぼくのもの)……最近 (1990年代後半) のヒット。

〜 主なアルバム 〜

  • Seandainya Aku Punya Sayap Rinto Harahap (2000)……リントの芸能生活を記念するアルバム。エディ・シリトンガ、フィクトル・フタバラット (Victor Hutabarat) 、マウィ・プルバ (Mawi Purba) 、サンドラ・リンタン (Sandra Lintang) 、ウチ・クスナエディ (Uci Kusnaedi) といった歌手が参加、追加歌はタントウィ・ヤフヤ (Tantowi Yahya) が書いている。

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©2000 早崎隆志 All rights reserved.
更新日:2000/11/23

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