[R&B歌手]
若手女性R&Bシンガー。
西ジャワ州バンドゥンに生まれ、暖かい親戚に囲まれて育つ。10代の頃は、プヌンバン・チアンジューラン (Penembang Cianjuran) と呼ばれる伝統歌唱を歌うRampak Sekarの団員だった。
ロンドンのクラブで歌ったこともある。Simonという名の友人の助けで自主制作のCDも出した。Simonという人物はロンドンで幾人かのアーティストのアルバムをプロデュースしていた男だった。彼女は「ETERNALS」というアルバムで何曲か書いたPhil Edwardsという男に紹介された。限られた予算と時間の中で、彼女はPhilの書いた歌2曲を2日で録音した。
その時彼女はそれがデモCDとしてうってつけであることに気付いた。そこでそれをインドネシアに持って帰り、Guest Musicに聴いてもらった。
2ヶ月後、そのスタジオはアルバム「Santai」を仕上げた。これは極めて早い。プロデューサーのYudis Dwikoranaが全音楽スタッフを揃えておいたからだった。ソウル、ファンク、R&B、ラップのあらゆる要素を活用し、豊かな歌のタペストリーを編み上げていた。
サニアはこう語る。
「私は主にロックを聴きながら大きくなったの。昔は Raniax and Grahwanaと呼ばれたバンドで歌っていたわ。Hongky Tonk Woman, Bad Name, Panggung Sandiwara...などは当時の私のお気に入りの曲だったのよ。ボビー・ブラウンの歌を、彼のシングル『Good Enough 』で聴いてから、R&Bを聴くようになったわ。私の歌い方は、ホイットニー・ヒューストン, Mary J Blige, Erykah Badu, Lauryn Hill、Brandy等から影響を受けている。この人たちの歌は本当によく聴いたわ。好きな曲はホイットニー・ヒューストンの『Greatest Love of All』と『I will Always Love You』だったわ」
アルバム「Santai」を捧げた人のリストには、エリカ・バトゥやホイットニー・ヒューストンの他に、インドネシアのR&Bで大きな影響力を誇った故 Benjamin Suaib (インドネシアのJBと呼ばれる) の名も見える。
- Santai (のんびり行こう)……ファンキーでブラックなサウンド。
- Menanti (待つ)
- Santai……すべての音楽はGuest Musicのメンバー---Yudis Dwikorana、Tori Sudarsono、Nti---による。歌詞は Yunus, Yudis Dwikorana, Tori Sudarsono, Andi Atis, Endru Sukardi, Erik、Ferri によって書かれた。「Black Kumuh」のDoyzとErikはラップ部分を担当した。ヴォーカル・アレンジャーにはAndi Atis、バック・ヴォーカル編曲はSi I.M.Notが行った。プロデューサーは、「サニアとゲスト・ミュージシャンが奏でるソウル味の混じったR&B/Funk からは、ソフトな官能性を引き出そうとした」とコメント。
<ホームページURL>
http://www.geocities.com/Broadway/Alley/9400/artist2.htm (英語&インドネシア語)
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