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| 画:漆山 脇夫氏 |
「不識」
碧巌録第一則の本則に出てくる言葉である。
本則
挙す。梁の武帝、達磨大師に問う、「如何なるか是れ聖諦(しょうたい)第一義」、磨云く、
「郭(かく)然(ねん)無聖(むしょう)」。帝曰く「朕に対する者は誰(た)ぞ」。磨云く「不識」―以下略―
当時シナは南北二つに分れ、北の洛陽には北魏が都し、南には梁の国があった。武帝は仏心天子といわれるほどの仏教信者で、つねに袈裟をつけて放光般若経を講じたほどでした。中略。しかしどうも現世利益をもとめた形迹があります。達磨大師にお会いになると最初に、「朕は寺を起こし僧を度す、何の功徳があるか」と、質問されたようです。達磨はニベもなく「無功徳・・・そんなものは何の功徳もないわい」と答えました。
そこで本則にあるように「それでは仏法のギリギリ、禅の結局のところは何ですか」と、二の矢を放ったわけです。達磨さんは「郭然無聖・・・カラリッとして何もござらんわい」と、相変わらず取りつく島もありません。聖諦とか俗諦とか、あるいは迷いとか悟りとか、そんなもののない世界が禅だ、とでもいうのでしょうか。
「朕に対する者は誰ぞ・・・ではそこにいる、そなたは一体何ものですか」「不識・・・わしゃ識らん」と。すこぶる簡単な返答です。決して、安易に、世間並みな意味に解してはなりません。「不識」と言われた意旨、これはまず、一切の分別心を断ち切って、「郭然無聖」に徹してみることです。―中略― 宇宙いっぱい、天地も日月も一切を超出した境地にはいってしまいます。このときの達磨は、そういう天地と一枚になった境地にたっておられたのです。―中略― 武帝は、目に見える有相の達磨だけを見て、この天地一枚の無相の達磨を見ることができなかったから、「不識」と言われた真意が通じなかったのです。
「碧巌録(上)」大森曹玄著及び、「禅語の味わい方」西部文浄著より抜粋 |