音楽話

いろいろ音楽の話をしようかな。

エレクトーンの話

 これがなければ、音楽なんてやらなかったかもしれないです。
 始めたのは、幼稚園の音楽教室で。
 最初からずっとグループレッスンだったんで、エレクトーンが好きというより、
 友達と遊ぶのが楽しくて行ってるという感じ。
 実際、短大に入ってグループのみんなと時間が合わなくなって
 個人レッスンに切り替えた半年後に辞めてるからね。

 ・・・A先生・・・
 4年生の秋にA先生に出会うまでは、ほんとに家で練習なんてしたことなかった。
 ヤマハのシステムだと、半年で1冊の教材を終えるようになってるから、
 全員が弾けなくても、先に進んでくからかもね。
 A先生に出会ってからは、レッスン自体が楽しい!というのもだけど、
 発表会でやる曲が難しくなって、頑張らざるを得なくなった。
 楽しいし優しい先生なんだけど、めちゃめちゃ怖いの。

 ・・・反抗期・・・
 でも、その先生が中2の時に辞めてしまった。
 私たちはすごく嫌な男の先生になった。
 その頃、私は反抗期のまっただ中で、嫌な人にはとことん反抗するという
 ほんとに嫌な子だった。
 嫌な先生の言うことは聞きたくないけど、エレクトーンは辞めたくない。
 この頃から、自分達でいろいろ考えてやるようになったのかな。
 自分で譜面買ってきたり、自分でアレンジしてみたり。

 ・・・K先生・・・
 高校受験で辞めちゃった子もいたけど、何人かはその後も一緒にやることになる。
 今度はK先生になり、このK先生には最後までお世話になる。
 このK先生もかなり怖い先生だったんだけど、A先生とは違う怖さで、
 放任主義というか、やりたくなければやらなければ???と言う感じで、
 そいう言われると、やらなくちゃ・・・となるのを狙ってたのかも。
 毎年12月に行われていたコンサートがなくなって、なんかつまんないね・・・
 と言っていた私たちに、自分達でコンサートやれば??と言ってくれたのがK先生。
 これが「きかせまShow」。1回目は楽器店の2階の広い教室で。お客さん15人くらい。

 ・・・花笠カルテット・・・
 それぞれの理由で散っていった仲間が、K先生の退職を期に再会した。
 最後に「きかせまShow4」をやるというので、それに出演することに。
 音楽の学校に行き、音楽の仕事をしている、音楽監督のI以外は、
 5年振りにエレクトーンにさわり、全然弾けない。
 約半年の練習の結果、無事に本番終了。
 もう、当分弾かないだろうね。なんて言っていたけど、その後ぽつぽつと演奏する機会が。
 本番前で切羽詰まらないと練習しないのが悪い癖なので、
 いつも本番ギリギリだけれど、毎回なんとか無事に本番を終えることができています。
 毎回、これで最後だろうと思っているので、普段練習しないけれど、
 やっぱり人前で弾くときは楽しく弾きたいから、少しは練習するようにしたいな。

吹奏楽の話

 ・・・始めはクラリネットだった・・・
 目についた順に、クラリネット、トランペット、パーカッションを書いたら、
 クラリネットになった。
 初めて出た演奏会で、バスクラに一目惚れ。その時、学校にはバスクラがなかったので、
 そのままクラリネットを吹くことになるんだけれど、
 中2の秋になんとバスクラがやってきて、先生に頼み込んでバスクラにしてもらった。

 ・・・今度はファゴットになった・・・
 高校は吹奏楽部がうまいところに入りたいと思っていたので、草加高校に進学。
 高校でもクラを続けるだろうなと思っていたら、今度はファゴットになった。
 初めは、イヤでしょうがなかったけど、ある日突然練習が楽しくなって、
 バカみたいに楽器ばっかり吹いてた。

 ・・・おいおいどうなるんだ??・・・
 高2の冬、内部分裂で部員が10人になってしまい、今後の演奏会などは絶望的になる。
 4月になり6人の新入部員を迎え、総勢16人。
 コンクールなんて出られないよねとあきらめていたら、
 I先生が、16人でもコンクールに出よう。どうせ出るなら上の大会がないと張り合いがない。
 だから2部(現、Bの部)に出よう。と言ってくれ、高3の夏はめでたく部活に捧げることになった。
 なんと私は、ファゴットとクラの持ち替えをすることになる。
 もう、がむしゃらに練習をした。なんと関東大会で銀賞を受賞した。

 ・・・あちこちで・・・
 高校を卒業した。
 OBとして母校のサマーコンサートでファゴットを吹いていた。
 そのころ、アルス(現在所属の吹奏楽団)が誕生→初コンクールと言う時で、I先生にクラで出て欲しいと言われる。
 短大の実験のレポートも大変だし、お金もないし、バイトもしなくては生活できないので、
 団員にはなれないけれど、コンクールだけのお手伝いという形で参加することにした。
 短大では吹奏楽部というか、ただ集まってそれぞれ楽器を吹いているだけのサークルに入る。
 短大にはもちろんファゴットはないし、アルスの練習もしたかったんで、ここではクラを吹く。
 人数が足らないからと、サックスを吹いたこともあった。
 自分の楽器がないと、あちこちで、足らない楽器を吹かなくちゃいけない。

 ・・・アルスに入団する・・・
 大学を卒業した。
 もう、ちゃんと収入もあるし、休みの日にバイトをしなくてもいいし、
 実験のレポートや卒業研究もない。
 楽器を吹きたい!!!
 でも、自分の楽器を持っていない。
 借りっぱなしのクラでアルスに入団する。
 でも、自分のすぐ後ろでファゴットの音が聞こえる。クラもうまく吹けない。
 やっぱりファゴットが吹きたい!ファゴットを買った。
 初めての自分の楽器。うれしくてうれしくて、ケースを開けた。
 音を出した。全然吹けない。
 ブランクあり、その間にいろんな楽器を吹いていたんじゃそりゃ吹けないか。

 ・・・アルス退団・・・
 2003年3月末日。いろいろあって、アルスを退団しました。
 理由は、楽しくなくなっちゃったから。
 大好きな楽器が、大好きな音楽が、ここにいると嫌いになっちゃうって思ったから。
 仕事が変わって、体力的にきつくなったっていうのも理由の半分くらいをしめているけど。
 私はI先生の作る音楽が好きだった。
 だから、大学を卒業して、どこかで楽器を吹きたい!って思ったときにアルスを選んだ。
 そして、アルスで楽器を吹くのは楽しかった。
 だけど、いつからか何かが変わってしまったような気がしてならないのだ。
 つまり、アルスで吹いていることを楽しいって思えなくなってしまったっていうこと。
 辞めるちょっと前までは、アルスが変わってしまった。と思っていた。
 だけど、今振り返ってみると、私も変わってしまったのかもしれないって思う。
 アルスでの居心地が悪くなってきたのは、ファゴットのレッスンを始めてからかもしれない。
 楽器を吹くことに対して、いろいろ考えることができるようになってきた頃かもしれない。
 それまで何も考えてなかったわけではないけれど、
 「楽しく吹く」っていうことの意味が、自分の中で変わってきたのかもしれない。
 うまく説明できないけれど、まあいろいろと自分の中で戦って、退団することにした。
 でも、楽器を吹くのは大好きだから、これは辞めない。
 早く「楽しい!」って思える場所、探したいと思う。
ファゴットの話

 「楽器何やってるの?」
 っていうのが、一番困る質問。
 だってさ、こんなにTVのCMで使われている楽器もないでしょう?っていうくらい
 あちこちのCMで聞こえてくる楽器なのに、その音を出してる楽器なんて見たことがない人ばっかりなんだもん。
 そして、なんとも説明しにくい形状。
 「サックスみたいなの?フルートみたいなの?クラリネットみたいなの?」
 いろいろ知ってる楽器の名前を出して、分かってくれようとするんだけれど、
 そのどれともちがうしなあ。。。。。
 結局たどり着くところは、スイスのながーいホルン。ほとんど100%に近いくらい。
 ま、仕方ないか。

 
 ↑これが私のファゴット。モースマン442

 夢はファゴット5重奏!
 でした。そんなの夢の世界で、現実には存在しないと思っていました。
 それがですね。存在したんですね。
 ファゴットだけのアンサンブルに参加して、なんていうかその、ごまかしのきかないその世界で、
 まだまだやらなくちゃいけないことがたくさんあるんだって思いました。
 それから、ファゴット吹きがたくさんいる中で、大勢で吹くってとっても幸せだなぁ〜って思いました。
 ファゴット吹いてて良かったなぁ〜って思いました。
 以前、この場所に、『夢はファゴット5重奏。そんなのあるわけないと思うけど、夢はファゴット5重奏』
 と書いていたのを見つけてくれた、「どすこいず」のH瀬さんにはココロから感謝しています。

クラリネットの話

 始めはクラリネットがやりたかったんだと思う。
 そして、クラリネットが好きだったんだと思う。
 バスクラと出会って、バスクラの方が好きになったけど、やっぱりクラリネットが好きだったんだと思う。
 草加高校に入ったらクラリネットを買ってあげる。という両親との約束どおり
 私はちゃんと草加高校に入ったし、部活に入ってパート決めの時、ちゃんとクラリネットを第一希望に書いた。
 でも、私はファゴットになった。
 始めの2ヶ月くらいはファゴットが嫌でたまらなかった。
 やっぱりクラリネットが吹きたかったし、自分の楽器が欲しかった。
 でも、いつのまにかファゴットが好きになっていて、いつのまにかクラリネットはどうでも良くなっていた。
 高校3年の春、コンクールのためにクラリネットとファゴットの持ち替えをするまでは、
 クラリネットを吹くなんて考えてもみなかった。
 人数が少なくて、クラリネットでもコンクールに出られると思ったら、それはなんてことなかった。
 その後、短大に入った頃、アルスのコンクールの手伝いを頼まれた。
 ファゴットではなくて、クラリネットで出て欲しいとのことだった。
 こんな私のクラリネットでも合奏の足しになるならと引き受けた。
 短大の吹奏楽部にはファゴットがなかった。
 でも楽器が吹きたいのでクラリネットで入部した。
 大学を卒業して、アルスに入団することにした。
 ファゴットを吹きたいけれど、楽器がない。でも楽器を吹きたいので、クラリネットで入団した。
 大好きだったクラリネットが、いつのまにか音楽とつながっているための手段になっていた。
 楽器を吹けないのは嫌だけど、ファゴット持ってないからクラリネット吹いてるんだよ。
 って、自分にも楽器にも言い聞かせて吹いていた。
 今思うと、クラリネットに悪いことをしたなと思う。

ちょっとだけピアノの話

 ピアノってすごくあこがれてまして。
 エレクトーンって新しい機種が出ると、前の機種の時の譜面は使えなかったり、
 もちろん古くなった楽器じゃ練習も満足にできなかったり、
 電源がないと音が出ないとか、弾くまでに準備が必要とか、
 弾く人が楽器に振り回されてるようなところがあるけれど、
 ピアノはこう、楽器もずっと変わらずにどーんと構えてる感じがするし、
 弾いてる人も、そこにピアノがあればすぐ弾けちゃうっていうか、
 そういうのにすごくあこがれたわけ。
 で、短大に入ってから1年だけ習いに行きました。
 そのへんの小学生がやってるような曲を、マジメに練習するわけ。
 ヘタクソながらもエレクトーンを13年もやってると、こんな曲簡単じゃん!
 って思うんだけど、ピアノでは音がでないし、強弱が付けられないのね。
 家にはピアノはないからエレクトーンで練習していって、
 レッスンの日だけピアノに触れるんだけど、どうしても音が出ない。
 小学校の時、ピアノを習ってる子がすらすら弾いてた曲を1ヶ月かかって
 やっと○になるという状態。
 一番困ったのは、あこがれのペダルを使う曲の練習。
 踏んでるつもりで練習をしていくけれど、やっぱり実際ピアノで弾くと
 音がぶちぶち切れちゃって、これは1ヶ月半くらいかかったかな。
 そうこうしているうちに短大2年生になり、
 大学への編入の為の授業が増えたり、卒業研究が始まったりで
 レッスンを続けられなくなり、結局、あこがれはあこがれのままで終わってしまいました。
 
好きな音楽の話

 ・・・ユーミンへの愛・・・
 中1の時、ユーミンに出会ってから、もうユーミン一筋。
 もう、ユーミンへの愛は言葉では表せないですねえ。
 コンサートで同じ空気を吸っているだけで幸せなので、1回のツアー中に何度も通うんですよ。
 チケットを徹夜で並んでもちっとも苦じゃなかったし、
 ラジオ局の前で出待ちしてたり。(これは若い時の話だけど)
 ユーミン自体が好きなんだね。きっと。

 ・・・他に好きな音楽・・・
 ◆流行りの音楽が苦手です。
  なので、すごい仲良し以外とのカラオケに困ります。
 ◆ジャズは好きです。
  語る程沢山は聞かないけれど、
  ピアノ、ドラム、ベースの編成だと、だいたいどれを聴いていても楽しい。
  ビックバンドも好きかな。
  でも、ここまで。これ以上は良く分からないです。聴いてるだけ。
 ◆クラッシックも聴きます。
  楽器吹きなんで、クラッシックは聴きます。
  でも、演奏会やコンクールでやる曲のCDを買ってきて、それに入ってる曲も聴くという程度。
  明らかに勉強不足だけれど、楽しんで聴けるのはこの程度。
 ◆mondeskitにはまってます
  最近、ものすごい勢いで、mondeskitにはまってます。
  ユーミンのコーラスをやっている松岡ティナさんがメンバーなので聴きに行ったのがきっかけ。
  今は、Tp.&Flg.の小林太の大ファンです。

音楽の話

 とにかくさ、音楽がないと生きていけないのね。
 だから、少しでも楽しくやっていけるように、たくさん頑張ることがあります。
 でも、それがプレッシャーになりすぎて、音楽を続けるのが苦痛になっちゃったら
 とっても悲しいことなので、そのへんの駆け引きも大事だよね。
 聴くだけじゃなくて、やるのが楽しい!
 音を楽しむから音楽なんだよね。楽しくなくちゃ音楽じゃない。
 やる人も聴く人も楽しい音楽ができるようになりたいです。

お世話になった楽器たち

 いろんなところで、いろんな楽器に出会いました。
 その仲間達を思い出の曲と一緒に紹介します。
楽器
思い出の曲など
プラ管のCl.
多分ニッカンの楽器
一番最初に手にした楽器。
マウスピースはバンドレンの5RVを使用。
「スー族の旋律による変奏曲」で初めて4部で銀賞。
Cl. ヤマハ YCL-250 アンコンの間だけ、後輩から取り上げた。
「木管三重奏曲Op.87」奇跡の県大会出場。(県大会では優良・・・)
BassCl. ヤマハ YCL-621 当時の私はかなり憧れていた。
楽器屋に勧められ、マウスピースだけセルマーを買う。
「仮面幻想」2部で地区大会ダメ金。最初で最後のバスクラコンクール。
Fg. 出所不明 妙なFg.で、ロングジョイントとベルの長さが同じだった。
「コーラルブルー」、序曲「ピータールー」とてもとても感動した。(1部県大会優秀)
Fg. シュライバー 型番不明 ↑の入院中に瀬崎中から借りた。この間、イベントはなし。
Fg. シュライバー 型番不明 2度目の入院中に越谷総合技術高校から借りた。
「祝典序曲」総技と合同のクリスマスコンサートで。
Fg. ソノーラ 型番不明 こいつと、ヘッケルのボーカルとの愛称はめちゃめちゃ良かった。
「ディベルティメント」恐怖の持ち替え。(2部で関東銀賞)
Cl. クランポン R-13 内部分裂でやめたN井さんに借りた。
伝説(!?)の持ち替え楽器。というかこいつがメインだったけど。
マウスピース買いなおし。またバンドレンの5RV。
この後もCl.のときはずっとこのマウスピース。
Cl. クランポン R-13 アルスの手伝い用に、高校のI川先輩に借りた。まだ家にある。
「饗応婦人」死ぬほど練習した。
A.Sax ヤマハ 型番不明 ここに書くほどの期間も吹いていないけれど、Saxでソロを吹いたという、
恐ろしくも貴重な体験をしたので、あえて書く。その曲は、「ブラジル」。
Eb管はやっぱり無理ということが判明。何の音吹いてるか分からない。
Fg. モースマン 442 念願の自分の楽器。当分の間は彼とやっていくであろう。
ボーカルはヘッケルの1番CCを所有。相方に2番を借りるときもある。
「キャンディード」序曲。アルスでのFg.デビュー曲。

 番外編
マーチングの小太鼓 実は楽器デビューは小学校の時。へなちょこ金管バンドで小太鼓をやっていた。
アルトホルン 小太鼓の人気殺到で、パート替え。吹いていたというより、
ただ音を出していたという感じ。私の最初で最後の金管楽器。

今までのコンクール

 初めて吹奏楽コンクールに出場してからもう何回になる??

 中学1年(4部)地区大会 賞なし
  ■法華経からの三つの啓示より「平和の喜び」(A.リード)
   初めてのコンクール。
   このころ、チューニングのBが合えば、全部の音が合ってると思っていた。
   「音が合っていない状態」という認識ができていなかったころ。

 中学2年(4部)地区大会 銀
  ■スー族の旋律による変奏曲(プロイアー)
   顧問が代わって、たくさん怒られた。
   たくさん怒鳴られ、たくさん殴られたけど、初めて賞に入ってすごくうれしかった。

 中学3年(2部)地区大会 ダメ金
  ■仮面幻想(大栗 裕)
   バスクラでのコンクール。
   ファゴットがいないので、ファゴットの譜面が回ってきた。
   トロンボーンに3年生がいなくて不安だと、トロンボーン3番の譜面も回ってきた。
   チューバが1本では聞こえないと、チューバの譜面も回ってきた。
   最初にバスクラの譜面をもらったときは、休みばかりだったのに、あっという間に埋められてしまった。
   ダメ金で、くやしくてくやしくて、みんなで大泣きした。

 高校1年(1部)県大会 優秀
  ■課題曲:(B)沖縄民謡谷茶前の主題による変奏曲「コーラル・ブルー」(真島 俊夫)
  ■自由曲:序曲「ピータールー」(アーノルド)

   1年生だったけど、先輩と一緒に1部に出た。
   できないところばかりで、「1部なんて出たくない」と先輩の前で泣いたこともあった。
   でも、憧れの県大会に出場できて、感動して泣いた。

 高校2年(1部)県大会 優良
  ■課題曲:(A)ネレイデス(田中 賢)
  ■自由曲:ドラゴンの年(P.スパーク)

   今年こそは関東大会に行こうね!とみんな熱くなっていたけれど、
   残念ながら県大会優良だった。
   みんな泣いた。先生も泣いた。
   ファゴットのソロがあった。中学のとき同じ部活だった子がコンクールの時、誉めてくれた。

 高校3年(2部)関東大会 銀
  ■ディベルティメントより(バーンスタイン)
   人数が少なくなってしまってコンクールの出場は諦めていたけれど、
   先生が出よう!と言ってくれて、2部に出場することになった。
   1年生6人、2年生1人、3年生9人の16人での出場。
   私はファゴットとクラの持ち替えをした。
   なんと関東大会まで行ってしまった。最高の夏だった。

 
 94年[アルスお手伝い](一般Aの部)県大会 賞なし
  ■課題曲:(I)饗応婦人〜太宰治作『饗応夫人』のための音楽(田村 文生)
  ■自由曲:バレエ音楽『火の鳥』(ストラビンスキー)

   お手伝いで参加したけれど、団員並に練習した。
   いくら現役の時、クラと持ち替えをしたからといって、本格的に難しい譜面はやっぱりお手上げ。
   課題曲、自由曲とも、どうにもならないまま本番を迎えた。

 96年[アルスお手伝い](一般Aの部)県大会 賞なし
  ■課題曲:管楽器のためのソナタ(伊藤康英)
  ■自由曲:祝典のための音楽(スパーク)

   アルスではクラ吹きだった。
   やってもできないし、できないところを怒ってもやっぱりできないというのを
   先生も分かっていたみたい。
   細かい音符がそんなに多くなかったので、火の鳥の時ほど辛くはなかった。

 98年(一般Aの部)県大会 銀
  ■課題曲:稲穂の波(福島 弘和)
  ■自由曲:「ロデオ」よりカウボーイの休日(コープランド)

   団員になって初めてのコンクール。
   このときはまだ、ファゴットが買えなかったのでクラを吹いていた。
   高い音の指が分からなくて、私だけ特別にオクターブ下げてもらったところもあった。
   アルスで初めて入賞体験(前年も入賞しているが私は出ていなかった)でとてもうれしかった。

 99年(一般Aの部)県大会 銅
  ■課題曲:レイディアント・マーチ(今井 聡)
  ■自由曲:バレエ音楽「ロミオとジュリエット」より(プロコフィエフ)

   初めて合宿をやった。
   アルスに来て初めて、できないところを残さないでコンクールを迎えた。
   教育リーグ第一弾。アルスがだんだん変わっていく。

 00年(一般Aの部)県大会 銀
  ■課題曲:道祖神の詩(福島 弘和)
  ■自由曲:交響詩「ローマの祭」より(レスピーギ)

   真剣に西関東を狙って練習した。
   だから、すごくくやしくて、打ち上げではヤケ酒でみなさんにご迷惑をおかけした。
   道祖神の歌の作曲者が「あたたかいフォルテ」と解説に書いていていろいろ考えたが
   結局、うまく表現できなかった。

 01年(一般Aの部)県大会 銀
  ■課題曲:栄光をたたえて(内藤 淳一)
  ■自由曲:アルペン交響曲(R.シュトラウス)

   頭のmpがうまく出られなくて、結局本番も外してしまった課題曲。
   6連符と半音階に悩まされ続け、結局本番に間に合わなかった自由曲。
   あんなに練習したのに。

 02年(一般Aの部)県大会 銀
  ■課題曲:吹奏楽のためのラメント(高 昌帥)
  ■自由曲:サンタフェ物語(M. グールド)

   「いつも通りの練習」じゃ、なかなか越えられないものがあると思いました。
   何を変えれば越えられるんだろう。

 
今までのEF・発表会

 エレクトーンのEF・発表会も数え切れません。

 **アンサンブル編**
 幼児科1年目/幼稚園年長(柏屋楽器 川口市民会館)
  ■空にらくがきかきたいな
   初めての発表会。1コーラス目はみんなで弾いて、2コーラス目は先生の伴奏で歌った。

 幼児科2年目/小学1年(柏屋楽器 川口市民会館)
  ■チムチム・チェリー
   2年目は先生なしで。
   ベースパートでつまらなかった。

 ジュニア科アンサンブルコース1年目/小学2年(柏屋楽器 川口市民会館)
  ■雨
   タンバリンとマリンバだった。
   タンバリンはお気に入りだったのに、マリンバをやりたくなくてかなりぐずった。

 ジュニア科アンサンブルコース2年目/小学3年(柏屋楽器 川口市民会館)
  ■スターシップ(THE ALFEE)
   とってもおいしいベースパートだった。
   幼児科発表会の模範演奏に出演もした。

 ジュニア科エレクトーンコース4年目/小学5年(ニコニコ堂)
  [柏屋楽器からニコニコ堂に移籍のためエレクトーンコース3年目の発表会には出ていない]
  ■バースデーメドレー 誕生日のチャチャチャ〜Happy Birthday to you〜りんごの森の子猫たち
   [発表会:草加文化会館]
   3グループ合同演奏。17人での演奏。
   私は1曲目を歌って、2曲目で移動、3曲目はエレクトーンだった。
  ■「ウイリアム・テル」序曲(ロッシーニ)
   [トップコンサート:草加文化会館]
   花笠カルテットの仲間などとの出会い。
   トップコンサートのために結成された。

 エレクトーン上級科/小学6年(ニコニコ堂)
  [発表会:草加文化会館、EF全店大会:大宮市民会館、
   EF県大会:越谷コミュニティーセンター、トップコンサート:草加文化会館]
  ■眠りの森の美女より「ワルツ」(チャイコフスキー)
   初めてEFに出て、初めて県大会に行った。
   全店大会のジュニアの部代表は1団体のみ。
   ほんとにたくさん怒られてたくさん練習した。

 エレクトーン上級科/中学1年(ニコニコ堂)
  [発表会:草加文化会館、EF全店大会:大宮駅駅ビルWe(現ルミネ)屋上]
  ■序曲「謝肉祭」(ドボルザーク)
   カーニバルをイメージしたという、キラキラの衣装を着せられた。
   たくさん練習したけど、パーカッションの2人を入れて10人のアンサンブルは難しかった。

 エレクトーン上級科/中学2年(ニコニコ堂)
  [発表会:草加文化会館、EF全店大会:大宮市民会館、トップコンサート:草加文化会館]
  ■OBSESSION(MALTA)
   初めての耳コピー。
   結局、最後は先生が書いてくれたけれど。

 エレクトーン上級科/高校1年(ニコニコ堂)
  [EF全店大会:ニコニコ堂大宮店]
  ■Grandfather's clock(大きな古時計)
   花笠の音楽監督石川氏のアレンジしたものを、再度みんなでアレンジした。
   私は、本番3日前に犬に右手を噛まれるが、ベースパートだったので、なんとか左手でこなす。

 エレクトーン上級科/高校2年(ニコニコ堂)
  [EF全店大会:大宮ソニック小ホール]
  ■SAKURA(さくらさくら)
   譜面を書かなかったため、再現不能な曲。

 **ソロ編**
 小学5年
 ■白鳥の湖より「ワルツ」(チャイコフスキー)
  [発表会:草加市中央公民館]
  初めてのソロ。
  短い曲だった。緊張はたいしてしなかった。

 小学6年
 ■ウイーンの森の物語(ヨハン・シュトラウス)
  [発表会:草加市中央公民館]
  初めて2部(トップコンサートのオーディション)に出た。

 中学1年
 ■舞踏会の美女(アンダーソン)
  [EF草加店大会:ニコニコ堂草加店1F]
  初めてのEFソロ。
 ■マイ・フェア・レディー
  [発表会:草加市中央公民館]
  ピアノ譜と映画のサントラのテープを渡されてアレンジしなさいという指令が出たが、
  どうにもならず、さんざん怒られたあげく、前半はほとんど先生が譜面を書いた。

 中学2年
 ■「ウイリアム・テル」序曲(ロッシーニ)
  [発表会:草加市中央公民館]
  Tっちゃんと初のデュオ。
  反抗期の真っ只中で、先生には「スイス軍の行進」しかやらないと言ってなかったのに、
  本番でいきなり「夜明け」もやってしまった。
  「スイス軍の行進」のバイオリンのソロが難しくてボロボロだった。

 高校1年
 ■大草原の歌(R.ミッチェル)
  [トップコンサートオーディション:ニコニコ堂草加店2Fサロン]
  初めて自分でアレンジをした。
  ほんとは吹奏楽でやりたかったのだけれど、中学生の時に顧問に却下されたので、
  エレクトーンでやることにした。
  5分に収めるため、かなり強引なカットでやった。

 高校2年
 ■沖縄民謡谷茶前の主題による変奏曲「コーラル・ブルー」(真島 俊夫)
  [EF草加店大会:ニコニコ堂草加店2Fサロン、EF全店大会:ニコニコ堂大宮店]
  高1の時の吹奏楽コンクールの課題曲。
  かなりお気に入りだったので、エレクトーンでもやってみた。
  最後の音がぶつかっているところがエレクトーンではできず、
  強引にはじめに戻って、更に強引なエンディングを作った。
  もう少しなんとかならなかったのか??

 短大1年
 ■バレエ音楽「三角帽子」より「終幕の踊り」(ファリャ)
  [EF草加店大会:ニコニコ堂草加店2Fサロン、EF全店大会:ニコニコ堂大宮店]
  初めてオケのスコアを買った。
  ほんとは、高2の時部活でやるはずだったのに、内部分裂のためできなくなったので、
  エレクトーンでやることに。
  パーカッションの入れ具合が難しかった。
  EF全店大会で、同じ曲をやった人がいて、その人がまたうまく、恥ずかしかった。



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