PROFILE

 

1967(昭和42)年 埼玉県川口市生まれ
1989(平成元)年 埼玉大学教育学部卒業
1990(平成2)年 第44回二紀展入選(東京都美術館)(以後毎年)
1991(平成3)年 第41回埼玉県展入選(埼玉県立近代美術館)(以後毎年)
1994(平成6)年 第44回埼玉県展県議会議長賞(埼玉県立近代美術館)
1995(平成7)年 第45回埼玉県展県教育委員会賞(埼玉県立近代美術館)
1996(平成8)年 第3回春季二紀展出品(東京セントラル美術館)
1998(平成10)年 山本智之・森本昭宏2人展(埼玉県立近代美術館)
1999(平成11)年 個展(草加・ギャラリー昴)
2001(平成13)年
第1回三浦美術館大賞展入選(三浦美術館) 
第4回熊谷守一大賞展入選(アートピア付知交芸プラザ)
2002(平成14)年 第4回西脇市サムホール大賞展入選(西脇市立岡之山美術館)
2003(平成15)年 個展(越谷・ぎゃらりーパステル)
2004(平成16)年
第5回西脇市サムホール大賞展入選(西脇市立岡之山美術館) 
第7回春季二紀展出品(東京銀座画廊・美術館)
2005(平成17)年 第11回2005公募:ふるさとの風景展入選(喜多方市美術館)
2006(平成18)年

風のコンセール展(中央区銀座・gallery 一枚の繪)
第6回西脇市サムホール大賞展優秀賞(西脇市岡之山美術館) 
第60回ニ紀展同人推挙
第12回2006公募:ふるさとの風景展奨励賞(喜多方市美術館)
2007(平成19)年
第1回埼玉二紀銀座展(銀座アートギャラリー)
第6回中札内村北の大地ビエンナーレ佳作(中札内文化創造センター)
第13回2007公募:ふるさとの風景展入選(喜多方市美術館)
市制100周年記念公募展「横須賀」入選(横須賀美術館)
2008(平成20)年
企画展:川口の新人たち展(川口市立アートギャラリー・アトリア)
第9回春季二紀展出品(東京都美術館)
第2回埼玉二紀銀座展(銀座アートギャラリー)

第7回西脇市サムホール大賞展入選(西脇市立岡之山美術館)
でんしゃ旅展 山本智之作品展(深川いっぷく)
第14回2008公募:ふるさとの風景展奨励賞(喜多方市美術館)
2009(平成21)年 第3回埼玉二紀銀座展(銀座アートギャラリー)
第7回中札内村北の大地ビエンナーレ佳作(中札内文化創造センター)

2009第4回公募利根山光人記念大賞展トリエンナーレきたかみ部門賞(北上市生涯学習センター他)
第11回公募 雪梁舎フィレンツェ賞展入選(雪梁舎美術館・東京都美術館)
第15回2008公募:ふるさとの風景展入選(喜多方市美術館)
埼玉大学・武蔵野銀行連携協定締結記念埼玉大学創立60周年記念美術展「埼大inぶぎん」
2010(平成22)年 第4回埼玉二紀銀座展(銀座 サロン・ド・ジー)
第10回春季二紀展出品(東京都美術館)
第60回埼玉県展埼玉県美術家協会賞(埼玉県立近代美術館)
第12回公募 雪梁舎フィレンツェ賞展入選(雪梁舎美術館・横浜赤レンガ倉庫)
第8回西脇市サムホール大賞展入選(西脇市立岡之山美術館)
第6回世界絵画大賞展協賛社賞(ニッカー賞)(世界堂新宿本店)
第22回しんわ美術展入選(津山市立文化展示ホール)

第16回2010公募:ふるさとの風景展in喜多方奨励賞(喜多方市美術館)
2011(平成22)年 第20回富嶽ビエンナーレ展 準大賞(静岡県立美術館)
第5回埼玉二紀銀座展(銀座 サロン・ド・ジー)
第8回中札内村北の大地ビエンナーレ入選(中札内文化創造センター)
第13回公募 雪梁舎フィレンツェ賞展佳作(雪梁舎美術館・シアター1010)
第6回丹波美術大賞展入選(丹波市立植野記念美術館)
第17回2011公募:ふるさとの風景展in喜多方入選(喜多方市美術館)
エコエコプロジェクト「凝縮額絵」展(Art Labo 深川いっぷく)
2012(平成23)年 第6回埼玉二紀銀座展(銀座 サロン・ド・ジー)

その他、グループ展多数
二紀会準会員  埼玉県美術家協会会員


作品収蔵先:西脇市岡之山美術館(兵庫県)  岩手県北上市





《好きな(興味のある)アーチスト(クリエーター)》ジャンルは色々、順不同です。
ボッチチェリ キスリング ドニ デルボー
藤田嗣治 土田麦僊 有元利夫 成田亨  高山良策 中川幸夫 西岸良平 黒木和雄 丸田祥三  宮沢賢治 


 
「オモヒデノハコ」ということ

「オモヒデノハコ」というのは一言で言ってしまえば、鉄道車両の車体のことです。特に乗客を乗せる車両には、乗客1人1人の人生がつまっている気がします。子どものころ、初めて乗った電車。家族で動物園に行くときに乗った電車。遠方へ旅行するのに一晩揺られた列車、社会のその時代ごとの空気も運んでいた列車…。貨車にも積荷に人々のさまざまな思いがこめられていた気がします。そんなさまざまなものがつまった象徴として、「オモヒデノハコ」と呼び、ホームページの名前にしました。



私の作品について

 私の作品は、いわゆる「心象風景」です。ですから描かれているものは、現実に存在する風景、人物ではありません。作品を通して、時代に流されずに「どんなに時代が移り変わっても変わらないこと」、そして「変わってはいけない本質的なこと」を表現していきたいと考えています。私の作品を見ていただく方が、様々にイメージをふくらませたり、心に響く何かを感じて頂けたら、とてもうれしく思います。



「鉄道」というモチーフ

 鉄道を作品のモチーフに使い始めたのは、ちょうど国鉄が分割民営化されたころ、大学で絵を少し本格的に描き始めたころでした。その動機は、分割民営化に伴い、消えてしまう国鉄を何とか形に残したいという単純なものだったような気がします。それ以来、色々と変化を続けながらも(ほとんど変っていないという方もいますが)、ずっと鉄道というモチーフを描いています。
 ずっと描き続けてきたことは、私の鉄道趣味に起因するところもありますが、鉄道というものに哲学的な意味を感じます。学生時代に描き始めた動機からいえば、あとからつけた理屈に聞こえるかも知れませんが、「鉄道」という存在は、「人生」になぞらえられると思うのです。映画やドラマ、音楽などで、鉄道・駅などは昔からよく取り上げられています。鉄道そのものが舞台のものもあれば、「旅立ち」、「別れ」の場面として、鉄道はつきものです。それは人生というものが、鉄道のレールと重なって見えるからでしょう。「人生」と「鉄道のレール」が重なると言うと、「決まったレールの上を進む人生は変えられない」というネガティブな印象を受けるかもしれません。でもそうではありません。人それぞれ生まれも育ちも違い、出会いもそれぞれ違います。そういった人それぞれのものが、その人にとっての「レールの方向」になっていくのだと思うのです。そして、そのレールを受け入れた上で、自分はどう生きていくかが大切なのではないかと考えています。だから、そのレールが自分にとって好まざるレールだとしても、そこには深い意味があるのだと思うのです。



鉄道車両の一生

 「オモヒデノハコ」である鉄道車両ですが、鉄道趣味的に考えると、鉄道車両の一生というものは、きわめて人間に近いものを感じます。まず製造されて営業に使用されるにあたって、必ず「車籍」というものが作られます。人間で言えば、戸籍にあたるものです。そこから車両の「人生」が始まります。そして人間と同様、車両にも様々な「人生」があります。
 1つの路線を毎日走り続け一生を終えるもの。いくつもの路線を渡り歩くもの。何社も鉄道会社を渡り歩くもの。移動した先で、かつて同じ鉄道会社で走っていた仲間に出会うもの。運用の都合などで何度も改造されるもの。路線の廃止によって若くして廃車になるもの。不幸にして事故で廃車になるもの…。廃車になると車籍が抹消され普通は解体されますが、中には価値が認められ保存される場合もあります。
 このように見ていくと、まさに1両1両にドラマがあり、人間の一生を思わせるものがあります。こういった鉄道車両の一生を考えると、人間の一生とも重なり、これも人生の象徴のような気がしてなりません。



レトロブーム


 最近、レトロなものが流行っているようです。私の作品を評して「レトロ」「ノスタルジー」とする方もいらっしゃいます。それはそれでいいのですが、最近の流行を狙っているわけではありません。自分が生まれ育った昭和40年代にはまだ30年代の空気も残っており、リアルな昭和を実体験できたので、レトロなものが流行る前から昭和30年代のものにはずっと興味がありました。それで作品のモチーフにも出てきたりするわけです。私は流行に乗るのはあまり好きではありませんので、むしろこのレトロブームは、あまりうれしいものではありません。
 最近のブームでは、新横浜ラーメン博物館やナンジャタウンのようなテーマパーク、デックス東京ビーチの台場三丁目商店街のようなショッピングモールなどだけでなく、映画でも「三丁目の夕日」がヒットしたり、昭和のデザインで復刻した商品や昭和にかかわるフィギュア、食玩が発売されたり、中には豊後高田のように町ごと昭和を売り物にしたり、博物館の展示でも何気ない日常であった「昭和」がテーマとして取り上げられるようになりました。さまざまな情報を入手しやすくなったのはいいのですが、熱しやすく冷めるやすい日本人のこと、ここまでブームになるのはちょっと…複雑な思いです。
「昭和」を「古きよき時代」であるとか、「今の日本が失ってしまったものがあった」ような言い方もよく目にします。でも、21世紀に生活する現代の人間が、昭和の時代を本当によい時代だと感じているのかなあと思うときがあります。パソコンも携帯電話もありません。自家用車もエアコンも、持っている家庭はほとんどありません。旅行も飛行機ではなく、鉄道が中心です。特にリアルタイムで昭和を体験していない世代(昭和50年代以降生まれ?)には、物珍しさから興味を持っても、本当の意味で昭和を理解することは難しいのではないかと思います。それは都会に住む人が、田舎生活の本当の大変さを知らずに「田舎はいいなあ」と憧れることに通ずるような気がします。不便で今ほど豊かではなかった時代を顧みて、現代の生活スタイルやものの考え方を考え直し、変えていってこそ、レトロブームに意味があるのでは、と考えてしまうのですが、いかがでしょうか。






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