コピーライターのふー太

 

                            新野次馬住宅時評99号(通巻153号)2006.11.7                 




夕やけの雲にのりたし秋の空  

 

ふー太こと藤田みち子さんが亡くなったのは20051021日。肺がん――タバコも吸わないのに、55歳という年齢なのに、故郷へ帰ったばかりなのに。群亀会という句会を開き、あるときは山で、あるときは公園でと詠んだ句は全234句。この句は亡くなる直前に病院で詠んだもの。窓の向こうには佐渡が見える、夕焼け雲が流れていたか。

1949年新潟市生まれ、埼玉大学教養学部卒。コピーラーターだった。化粧品の世界で活躍しヒット作も生んでいたが、フッと住宅へとやってきた。確か、1990年だったと思う。ミサワホームや細田工務店のPR誌を編集、編集者としての肩書きであった。

 しかし――。住宅業界は化粧品の業界に比べて広告とかPRの世界は未成熟であるといってよい。ことばよりも、体育会系体力で売る男の世界だった。そこに彼女の不幸もあった。バブルが弾けたあとにやってきたということもあり、コピーライターとしての力を発揮できず去っていったといってよい。

俳号のふー太というのは藤田のふー太であり、風のふー太でもあったようだ。そう、彼女は風のように住宅業界に飛び込んできて風の如く去っていった。

 

秋風や松虫のうた降りそそぐ

風光る花房ゆすり雲の飛ぶ

 

 酒を楽しめる人であった。太っ腹の人でもあったようで、酒を介して多くの仲間が集まった。ポッと頬を染めつつ笑う酒であった。

 

喉なでてビールの溶かす交々や

木枯らしや熱燗ちろり猫いびき

 

句会の仲間が句集を編んだ。「秋残暑」。

 

秋残暑めぐみの雨ぞ月隠る

 

この句からとったが、ふー太は秋が好きだったという。

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